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明倫館【めいりんかん】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

明倫館
めいりんかん
(1) 長州藩藩校。享保4 (1719) 年藩毛利吉元創立。学頭小倉尚斎。徂徠学,のち朱子学を中心とした教育を行なった。嘉永2 (1849) 年学制改革で経学のほか兵学,制度,歴史,博学,文学などの6科をおいた。文久3 (63) 年山口にも併置され廃藩に及ぶ。 (2) 伊予宇和島藩の藩校。文政7 (24) 年改称。 (3) 越前大野藩の藩校。天保 14 (43) 年発令,翌年開校。洋学奨励。 (4) 讃岐丸亀藩の藩校。寛政年間 (1789~1801) 拡張された。 (5) 丹後田辺藩の藩校。天明年間 (1781~89) に開設され,文久1 (1861) 年改称された。

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デジタル大辞泉

めいりん‐かん〔‐クワン〕【明倫館】
江戸時代の藩校。諸藩同名のものがあるが、長州藩のものが有名。

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防府市歴史用語集

明倫館
 1719年に藩5代藩主・毛利吉元[もうりよしもと]が建てた家臣の子供を教育する学校です。萩城の中にありましたが、1849年に場所をかえ、大規模な学校になりました。

出典:ほうふWeb歴史館
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世界大百科事典 第2版

めいりんかん【明倫館】
長州藩の藩校。1719年(享保4)萩に創立され,徂徠学のち朱子学により家臣の人材を養成した。幕末には小学・大学の2級編成で講釈,会業,詩会,文会,音楽会,武芸の教課があった。1863年(文久3)藩庁の山口移転により同地にも設置され,両明倫館が教育を統轄した。なお同名の藩校が宇和島藩(1748創立),大野藩(1843創立),丸亀藩(寛政ごろ創立)などにある。【井上 勝生】

出典:株式会社平凡社
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日本大百科全書(ニッポニカ)

明倫館
めいりんかん

長州萩(はぎ)藩の藩学。1719年(享保4)藩主毛利吉元(もうりよしもと)が士風振興のため設立。天保(てんぽう)年間(1830~44)藩主敬親(たかちか)の下、村田清風らが登用され、学校を整備し、1849年(嘉永2)移転、新築。宣聖殿、学寮、演武場さらに水練場など、規模壮大。藩は500石を付して経営、藩士の入学を奨励した。小学(7~14歳)、大学(15~25歳)に分かれ、漢学、医学(漢・蘭(らん))、天文学、算学、兵学、武芸などの科があった。出版活動も活発であった。廃藩後、萩中学となる。幕末、藩庁の山口移転に伴い1860年(万延1)山口に鴻城(こうじょう)明倫館設置。各支藩にも藩校があった。なお、ほかに越前(えちぜん)大野、伊勢亀山(いせかめやま)、大和(やまと)柳本、大和高取、丹後(たんご)田辺、讃岐丸亀(さぬきまるがめ)、伊予宇和島(うわじま)各藩に、同名の藩学があった。

[木槻哲夫]

『文部省編・刊『日本教育史資料 2・5・6』(1889)』

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精選版 日本国語大辞典

めいりん‐かん ‥クヮン【明倫館】
[一] 長門国(山口県)萩藩の藩校。享保四年(一七一九)、毛利吉元が設置。はじめ漢学だけであったが、のち音楽・医学・天文・地理・歴史・武術などの諸学科を置き、洋学所も設置。はじめ萩にあり、のち山口にも開設。
[二] 伊予国(愛媛県)宇和島藩の藩校。寛延元年(一七四八)創立の内徳館を文政七年(一八二四)に改称。
[三] 越前国(福井県)大野藩の藩校。天保一四年(一八四三)、藩主土井利忠が洋学を奨励して設置。
[四] 讚岐丸亀藩・丹後田辺藩・大和柳本藩・大和田原本藩・信濃高取藩などにあった藩校の名。

出典:精選版 日本国語大辞典
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旺文社日本史事典 三訂版

明倫館
めいりんかん
江戸時代,長州藩の藩校
1719年,藩主毛利吉元が萩に創設(幕末山口にもできる)。昌平坂学問所にならって儒学教育を主としたが,幕末の藩主敬親 (たかちか) が改革し,西洋医学・西洋兵学を研究する洋学研究所を付設。同藩の活動の原動力になった。

出典:旺文社日本史事典 三訂版
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