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明六社【めいろくしゃ】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

明六社
めいろくしゃ
明治初期の啓蒙思想団体。森有礼主唱により,西村茂樹津田真道西周中村正直加藤弘之福沢諭吉箕作秋坪神田孝平らを社員として 1873年に結成,この年が明治6年であったことから「明六社」と名づけられた。会合を毎月2回開き,機関誌明六雑誌』を発行した。社員には開成所出身の旧幕府吏僚が多かった。政治,経済,教育,宗教,思想,哲学,婦人問題など多くの分野で開明欧化,自由進取の立場から論陣を張り,封建思想を批判し,開国政策の理論的代弁者として啓蒙的役割を果した。 75年 11月政府の讒謗律,新聞紙条例による言論弾圧で『明六雑誌』は廃刊となり事実上解散した。

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デジタル大辞泉

めいろく‐しゃ【明六社】
日本最初の学術団体。明治6年(1873)森有礼(もりありのり)が、福沢諭吉加藤弘之中村正直西周(にしあまね)らと結成。機関誌「明六雑誌」を発行、開化期の啓蒙に指導的役割を果たしたが、明治8年(1875)、機関誌廃刊により事実上解散。

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世界大百科事典 第2版

めいろくしゃ【明六社】
明治初年の開明的知識人の結社。1873年7月アメリカから帰国した森有礼が,西洋の知識人のように〈ソサヱチー〉を組織して,協力して学問を進め,公衆を啓蒙することを提案,同年秋には,森を社長とし,西村茂樹,津田真道,西周,中村正直,加藤弘之,箕作秋坪,福沢諭吉,杉亨二,箕作麟祥が加わって活動を始め,この年明治6年にちなんで〈明六社〉と称した。発足当初から活動の中心だった月2回の定例会ではやがて〈演説〉が行われるようになり,これは75年2月からは公開されて多くの聴衆を集めた。

出典:株式会社平凡社
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大辞林 第三版

めいろくしゃ【明六社】
明治初期の啓蒙思想団体。1873年(明治6)森有礼の発起により、翌年、西村茂樹・西周・加藤弘之・福沢諭吉らを主要社員として成立。機関誌「明六雑誌」と公開講演によって欧米思想の紹介・普及に努めた。75年の機関誌廃刊により事実上解散。

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日本大百科全書(ニッポニカ)

明六社
めいろくしゃ
1873年(明治6)に結成された当代一流の洋学者たちによるわが国最初の学術結社。アメリカから帰国の森有礼(ありのり)の首唱になり、当初の社員はほかに西村茂樹(しげき)、津田真道(まみち)、西周(あまね)、中村正直(まさなお)(敬宇)、加藤弘之(ひろゆき)、箕作秋坪(みつくりしゅうへい)、福沢諭吉(ゆきち)、杉亨二(こうじ)、箕作麟祥(りんしょう)の10人で発足、のち津田仙(せん)、神田孝平(たかひら)らが加わる。「意見を交換し知を広め識を明にする」(明六社制規)を目的として毎月2回会合し、研究討論や講演会をもった。またそれらを発表するために、わが国最初の啓蒙(けいもう)雑誌といえる『明六雑誌』(1874年3月創刊、発行部数約3200)を発行し、政治、経済、外交、社会から言語、宗教、教育、科学に至る広範な分野に、西洋文明の摂取のための言説を展開し、文明開化の思潮を指導した。しかし社員のほとんどが官僚学者であって、政府の開化政策を先導する役割を果たした。したがって、政府の専制を批判して登場した民撰(みんせん)議院設立論に対しては、共通して時期尚早論で対処した。75年に新聞紙条例改定、讒謗律(ざんぼうりつ)制定で言論弾圧が強化されると、自主的に廃刊を決議した(1875年11月、第43号が最終号)。明六社そのものはサロンとして1910年(明治43)ごろまで存続するが、その啓蒙的役割は雑誌廃刊とともに終わったといえよう。[広田昌希]
『西田長寿著『明六雑誌解題』(『明治文化全集雑誌編』所収・1929/1955・日本評論社) ▽宮川透著『近代日本思想の構造』(1956・青木書店) ▽神奈川大学人文学研究所編『「明六雑誌」とその周辺 西洋文化の受容・思想と言語』(2004・御茶の水書房)』

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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精選版 日本国語大辞典

めいろく‐しゃ【明六社】
日本最初の学術団体。明治六年(一八七三)、森有礼を中心に西村茂樹・西周・中村正直・加藤弘之・箕作秋坪・同麟祥・福沢諭吉らが設立。機関誌「明六雑誌」を発行、啓蒙的役割を果たした。明治八年解散。

出典:精選版 日本国語大辞典
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旺文社日本史事典 三訂版

明六社
めいろくしゃ
1873(明治6)年,森有礼らによって組織された最初の近代的な学会
啓蒙活動を目的とし,社員には,福沢諭吉・西周 (にしあまね) ・津田真道・神田孝平・加藤弘之 (ひろゆき) ら主として旧幕府の開成所出身の洋学者を集めており,機関誌『明六雑誌』を発行した。1875年讒謗律 (ざんぼうりつ) ・新聞紙条例が発布されると,雑誌は廃刊し,社は明六会となり,帝国学士院先駆となった。

出典:旺文社日本史事典 三訂版
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