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景帝【けいてい】

世界大百科事典 第2版

けいてい【景帝 Jǐng dì】
前187‐前141
中国,前代皇帝劉啓。在位,前157‐前141年。文帝の子,母は竇(とう)皇后である。立太子のときの評語として純厚慈仁とある。法家刑名の徒である鼂錯(ちようそ)のを入れ,諸侯王の領土を削減しようとしたことから,前154年に呉王劉濞(りゆうび),楚王劉戊ら七王が反乱を起こした。これを呉楚七国の乱という。太尉周亜夫を派遣して鎮圧した。この結果,有力な諸侯王はおおむね滅亡し,中央集権体制が実質的に確立し,つぎの武帝時代の漢帝国の大発展を基礎づけた。

出典:株式会社平凡社
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日本大百科全書(ニッポニカ)

景帝
けいてい
(前189―前141)

中国、前漢第6代の皇帝(在位前157~前141)。姓名は劉啓(りゅうけい)。文帝と竇(とう)太后との子、武帝の父。義を施し固い意志をもった政治を行ったので、景帝と諡(おくりな)された。文帝とともに「文景の治」と並び称されて、その仁政をたたえられてきた。紀元前154年に起きた劉氏一族の諸侯王の反乱(呉楚(ごそ)七国の乱)を鎮圧したのち、従来自治を認められていた諸侯国に対する統制を強化したことは、景帝の時代が郡国制から中央集権的な郡県制へと移行していく画期であることを示している。死後、陽陵(陝西(せんせい)省咸陽(かんよう)市北東)に埋葬され、現在も1辺160メートル、高さ31.8メートルの方墳が残されている。

[鶴間和幸]

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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旺文社世界史事典 三訂版

景帝
けいてい
前189ごろ〜前141
前漢の第6代皇帝(在位前157〜前141)
父の文帝の方針を受け継ぎ,鼂錯 (ちようそ) の言を用いて国力を充実させた。諸王の領土を削減したため,呉楚七国のが起きたが,周亜夫 (しゆうあふ) を派遣して鎮定した。乱後,諸王を領国に行かせず,中央集権を確立し,次の武帝の全盛時代の基盤を築いた。

出典:旺文社世界史事典 三訂版
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