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本地垂迹【ホンジスイジャク】

デジタル大辞泉

ほんじ‐すいじゃく〔ホンヂ‐〕【本地垂×迹】
本地としての・菩薩(ぼさつ)と、垂迹としての神。→本地垂迹説

出典:小学館
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世界大百科事典 第2版

ほんじすいじゃく【本地垂迹】
日本の神祇仏菩薩の関係をくために考え出された理論を本地垂迹説という。本地垂迹の語はもと《法華経》寿量品にあり,永遠不滅の理想的釈迦を本地とし,歴史的現実の生身となって布教した釈迦を垂迹とするもので,これを神仏の関係に転用したのである。はじめ聖武天皇は東大寺大仏(盧舎那(るしやな)仏)を造立するにあたって橘諸兄や行基を伊勢神宮に遣わしその成就を祈らせ,その結果天照大神と盧舎那仏(大日如来)は同体であるとの夢告をうけたと伝え,朝廷は政策的立場から神仏同体の思想を打ち出したが,いまだ一般の思潮とはならなかった。

出典:株式会社平凡社
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日本大百科全書(ニッポニカ)

本地垂迹
ほんじすいじゃく

日本古来の神祇(じんぎ)信仰と仏教の仏菩薩(ぶつぼさつ)の信仰が同化する、いわゆる神仏習合に基づく考え方で、仏菩薩がこの世の人を救うために仮に姿を現すとし、仏菩薩を本地(真実の身)、神を垂迹(仮の身)とする思想である。もとは『法華経(ほけきょう)』の本門・迹門、『大日経』の本地身・加持(かじ)身などの説に発し、歴史上の釈迦(しゃか)を永遠普遍の超越的な本仏の現れとする思想に基づく。

 外来思想である仏教は早くから神祇との習合に努め、奈良時代には、神は仏をいれないとする抵抗を排除して、接近に成功した。神宮寺(じんぐうじ)の出現がそれで、698年(文武天皇2)伊勢(いせ)国(三重県)度会(わたらい)郡に遷(うつ)された多気(たき)大神宮寺が初見である。そして各地の大社に神宮寺の建立をみた過程で、神を罪業(ざいごう)の報いとする劣等感を神祇に植え付け、仏はその神を守るとした考え方や、逆に神は仏を守り、仏法を喜ぶとした考えを生み出したが、神仏の習合に積極的に働いたのは八幡(はちまん)神である。東大寺大仏の建立に協力した宇佐八幡がそれで、菩薩号が与えられたのは八幡神が最初である。こうした神仏習合の進行は神前読経(どきょう)、度僧、写経、写仏の盛行を生み、また寺中に寺を守る鎮守神を置くに至るが、八幡神が大安寺行教(だいあんじぎょうきょう)によって石清水(いわしみず)に勧請(かんじょう)された859年(貞観1)、天台僧恵亮(えりょう)が賀茂(かも)・春日(かすが)二神のために年分度者(ねんぶんどしゃ)を置くよう請うた表に初めて垂迹の語を用いたことは、習合が一段と進んだことを示している。「皇覚(仏)物(衆生(しゅじょう))を導くに且(かつ)は実、且は権(ごん)、大士(だいじ)(菩薩)迹(あと)を垂れて或(あるい)は王、或は神」と説いた。こうした素地は、937年(承平7)筑前(ちくぜん)(福岡県)筥崎(はこざき)宮の神宮寺多宝塔の建立を計画した天台僧兼祐(けんゆう)の申状の「権現(ごんげん)菩薩の垂迹」という表現を生み、神は仏菩薩が権(かり)に姿を現してこの世に迹を垂れたものとしたのである。こうして垂迹としての権現の思想は、平安後期には熱田(あつた)権現、蔵王(ざおう)権現などの権現を生み、それがその本地の明確化を要求するに至った。その初め、幽玄にして計りがたいとされた八幡権現の「本覚(本地)」が阿弥陀仏(あみだぶつ)とされ、熊野権現が弥陀・観音の垂迹とされるにつれて、やがて熊野三山の三所、五所王子などの本地が明らかにされることによって本地決定の傾向が一段と進んだ。またこの動きと呼応して天台、真言両宗では教義的裏づけが行われ、天台に山王一実(さんのういちじつ)神道、真言に両部習合神道が生じた。しかしこれら仏本神迹の説に対して、南北朝期には神国日本の理念にたって神本仏迹の神道論も生じ、北畠親房(きたばたけちかふさ)はその先駆けをなした。

[石田瑞麿]

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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精選版 日本国語大辞典

ほんじ‐すいじゃく ホンヂ‥【本地垂迹】
〘名〙 仏語。本地としての仏・菩薩と垂迹としての神。本地である仏・菩薩が世の衆生を救うために、姿をかえて現われたものが日本の神であるとみるもの。ただし、古くは仏・菩薩と神の関係を逆にみるものもある。
※米沢本沙石集(1283)一「然れば本地垂跡(ホンヂスイシャク)の其の御形ことなれども、其の意かはらじかし」

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四字熟語を知る辞典

本地垂迹
神道における神は、仏が民衆を救うために姿を変えてこの世に現れたのだということ。

[解説] 「本地」は万物根本となる本来の仏の姿。「垂迹」は、「あと」を垂れるで、仏・菩薩が衆生を救うために、神として姿を現すこと。平安時代に盛んになった説で、明治の神仏分離まで続きました。

出典:四字熟語を知る辞典
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