@niftyトップ

辞書、事典、用語解説などを検索できる無料サービスです。

本牧亭【ほんもくてい】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

本牧亭
ほんもくてい
東京の上野にある演芸場安政4 (1857) 年「軍談席本牧亭」として営業を始めた。 1876年鈴本演芸場と名を変え,色物席 (寄席) になった。 1950年鈴本演芸場の近くに講談定席「本牧亭」を復活。釈場と呼ばれる講談専門の演芸場として唯一の存在であったが,講談人口の減少とともに昼間は講談定席,夜は落語義太夫奇術などの貸席という形をとって興行を維持。 72年 11月に改築されたが,90年1月 10日を最後に閉場。名前だけが残されて,92年池之端の料理屋2階に貸席として復活した。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典 第2版

ほんもくてい【本牧亭】
寄席。東京都台東区上野に位置する。1857年(安政4)に軍談席本牧亭として始められた。本邦唯一の講談席として,安藤鶴夫の小説《巷談本牧亭》(1962年新聞連載,1963年単行本)の舞台にもなった特異な席だったが,のちには,1ヵ月のうち数日間だけ講談で興行し,その他の日は,落語,講談,浪曲,新内などの独演会などに貸すという形式を採るようになった(1990年閉鎖)。江戸末期から明治初期にかけては,1階が住居,2階が寄席という建物が多かったが,本席はその面影をとどめる建築様式(現在の建物は1972年に新築開場)を採っている。

出典:株式会社平凡社
Copyright (c) Heibonsha Limited, Publishers, Tokyo. All rights reserved.

大辞林 第三版

ほんもくてい【本牧亭】
東京上野にあった講釈場。1989年(平成1)閉場により、講談の定席はなくなった。

出典:三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

日本大百科全書(ニッポニカ)

本牧亭
ほんもくてい
東京・台東(たいとう)区上野にあった寄席(よせ)。定員数約200。1857年(安政4)軍談本牧亭として開場。名称の由来は隣接の不忍池(しのばずのいけ)周辺の風景が横浜の本牧に似ていたからという。1876年(明治9)に鈴本亭、ついで鈴本演芸場と改称。1950年(昭和25)に名称を復活して鈴本演芸場の裏に再建され、わが国唯一の講談の定席として君臨。安藤鶴夫(つるお)の小説『巷談(こうだん)本牧亭』の舞台にもなった。72年に改築され、講談の灯を守ってきたが、90年(平成2)1月この地での幕を閉じた。その後92年文京区湯島(ゆしま)に小規模ながら再開(池之端(いけのはた)本牧亭)、2002年上野に移転(黒門町(くろもんちょう)本牧亭)。月に数回の公演を行っている。[向井爽也]
『石井英子著『本牧亭の灯は消えず――席亭・石井英子一代記』(1991・駸々堂出版) ▽安藤鶴夫著『巷談本牧亭』(旺文社文庫・ちくま文庫)』

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

本牧亭」の用語解説はコトバンクが提供しています。

本牧亭の関連情報

関連キーワード

アサヒ号 AA型 二輪車陸王大型オ-トバイアルゴンアンドロステロンインド美術マウリヤ朝ミトラダテス3世シュンガ朝iPadアルゴン(データノート)

他サービスで検索

(C)The Asahi Shimbun Company /VOYAGE MARKETING, Inc. All rights reserved.
No reproduction or republication without written permission.

アット・ニフティトップページへ アット・ニフティ会員に登録

ウェブサイトの利用について | 個人情報保護ポリシー
©NIFTY Corporation