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本陣【ほんじん】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

本陣
ほんじん
江戸時代,大名宮家公家幕府役人など身分の高い旅行者のため,諸街道宿場に設置された宿泊施設。起源は,正平 18=貞治2 (1363) 年室町幕府2代将足利義詮が上洛のとき,その宿舎を本と称して宿札を掲げたことに始る。特に江戸時代参勤交代制度の確立に伴って整備された。本陣のほか脇本陣仮本陣,相本陣などの種類があった。本陣の経営は宿泊料,各種の補助によったが,江戸時代末期には衰微,明治3 (1870) 年に廃止

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デジタル大辞泉

ほん‐じん〔‐ヂン〕【本陣】
陣営で、総大将がいる場所。本営。
江戸時代、街道の宿駅で、大名・公家・幕府役人などが宿泊した公的な旅宿。

出典:小学館
監修:松村明
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防府市歴史用語集

本陣
 戦いの場合、軍の大将がいる陣を言います。また、江戸時代には、大名や幕府の役人が泊まった、公認の旅館のことを言います。

出典:ほうふWeb歴史館
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[日本酒・本格焼酎・泡盛]銘柄コレクション

ほんじん【本陣】
長崎の日本酒。酒名は、江戸時代に蔵元の屋敷が平戸藩主の本陣に使用されたことに由来。純米大吟醸酒、純米吟醸酒、純米酒、普通酒などがある。原料米は山田錦、レイホウ。仕込み水は北松浦半島伏流水。蔵元の「潜龍酒造」は元禄元年(1688)創業。所在地は佐世保市江迎町長坂。

出典:講談社
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世界大百科事典 第2版

ほんじん【本陣】
江戸時代,街道宿駅において参勤交代の大名,幕府役人,勅使,宮門跡その他の貴人が休泊した公認の大旅館をいう。本陣とは元来,天皇が朝覲行幸などする際,その行列の中心である鳳駕をかこむ一陣をいい,後には軍陣の中核,大将のいる本営を意味したが,江戸時代には大名などの宿陣の意味から,転じて道中休泊の中心となる民間経営の宿屋をさすようになった。その始源は室町・戦国時代とする説もあるが,正しくは江戸時代に入り大名宿の主人が本陣役に任命されて以降であろう。

出典:株式会社平凡社
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日本大百科全書(ニッポニカ)

本陣
ほんじん

近世の宿泊施設の一つ。おもに勅使、院使、宮、門跡(もんぜき)、公家(くげ)、大名、旗本などが宿泊した。起源は、1363年(正平18・貞治2)足利義詮(あしかがよしあきら)が上洛(じょうらく)に際し、その旅宿を本陣と称したのが始まりというが、これが近世にまで続いたとは考えにくい。近世初期には大名らの宿泊する施設は一定せず、宿駅の上等の家屋が宿舎にあてられ、それがしだいに本陣と称されるに至ったといわれ、本陣に先行するものとして御殿や御茶屋があり、1635年(寛永12)の参勤交代実施に伴い本陣が存在するようになったともいわれる。

 本陣の建物は玄関、書院、門構(もんがまえ)を備えているのが一般的で、非常時の逃走の細工や、外部からの侵入者を防止する設備が設けられている場合もあった。大名など本陣の利用に際しては数日前に関札(せきふだ)が本陣に運ばれ、止宿一両日前にはこれが掲示され、他者の宿泊はできなくなった。本陣があいていないときは脇(わき)本陣を利用した。これは本陣に準じるが、旅籠(はたご)屋の性格をも有した。本陣は一般の旅籠と異なり飯盛女(めしもりおんな)を置くこともできず、宿泊者も限定されていたため、ある程度幕府の保護はあったが経営は苦しく、定宿としている諸大名などから援助を受けることもあった。しかし諸大名のなかには、格式ばり、費用のかかる本陣を敬遠して本陣以外に休泊する者もあり、幕府は禁令を出している。主要街道の本陣数は、1843年(天保14)の調査によると、東海道が111、中山(なかせん)道が72、日光道中が24となっている。1870年(明治3)民部省布告により廃止された。

[山本光正]

『大熊喜邦著『東海道宿駅と其の本陣の研究』(1942・丸善)』『大島延次郎著『本陣の研究』(1955・吉川弘文館)』『丸山雍成「初期本陣に関する一試論」(『日本歴史』205号所収・1962・吉川弘文館)』『宮本常一編著『大名の旅』(1987・八坂書房)』

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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精選版 日本国語大辞典

ほん‐じん ‥ヂン【本陣】
〘名〙
① 左・右近衛大将のそれぞれにとっての、左または右近衛の陣の座。また、まれに、公卿にとっての、陣の座の自分の座席。
※西宮記(969頃)八「大将着本陣者、不本座
② 陣営で、総大将の居所の置かれている部分。本営。本備え。
※将門記(940頃か)「新皇、本陣に帰るの間、立ちて咲ひ下れぬ」
③ 江戸時代、宿駅で参勤交代の大名のほか、宮家・公卿・幕府役人・高僧など、主に貴人の休泊する大旅館。戦国大名の直営休泊所であった御殿・御茶屋・御仮屋、または私的宿泊の大名宿がもとで、それが寛永一二年(一六三五)の参勤交代制の実施以後、本陣職として恒常的な公的宿泊機関となった。通常、一宿に平均一、二軒あったが、全くない宿も、また五、六軒並置される宿もあった。大旅籠屋(おおはたごや)。本陣宿。
※俳諧・談林十百韻(1675)下「水桶に秋こそかよへ御本陣〈正友〉 いかに面々火用心火用心〈雪柴〉」

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旺文社日本史事典 三訂版

本陣
ほんじん
江戸時代,主要街道の宿場に置かれた大名・宮家・公家・幕臣用の宿舎
参勤交代の制によって発達し,宏壮な建築で,経営は休泊料や諸種の補助によった。本陣だけで収容しきれない場合に備えて脇本陣も設けられた。

出典:旺文社日本史事典 三訂版
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