●本陣【ほんじん】
ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
本陣
ほんじん
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デジタル大辞泉
ほん‐じん〔‐ヂン〕【本陣】
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防府市歴史用語集
本陣
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[日本酒・本格焼酎・泡盛]銘柄コレクション
ほんじん【本陣】
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世界大百科事典 第2版
ほんじん【本陣】
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日本大百科全書(ニッポニカ)
本陣
ほんじん
近世の宿泊施設の一つ。おもに勅使、院使、宮、門跡(もんぜき)、公家(くげ)、大名、旗本などが宿泊した。起源は、1363年(正平18・貞治2)足利義詮(あしかがよしあきら)が上洛(じょうらく)に際し、その旅宿を本陣と称したのが始まりというが、これが近世にまで続いたとは考えにくい。近世初期には大名らの宿泊する施設は一定せず、宿駅の上等の家屋が宿舎にあてられ、それがしだいに本陣と称されるに至ったといわれ、本陣に先行するものとして御殿や御茶屋があり、1635年(寛永12)の参勤交代実施に伴い本陣が存在するようになったともいわれる。
本陣の建物は玄関、書院、門構(もんがまえ)を備えているのが一般的で、非常時の逃走の細工や、外部からの侵入者を防止する設備が設けられている場合もあった。大名など本陣の利用に際しては数日前に関札(せきふだ)が本陣に運ばれ、止宿一両日前にはこれが掲示され、他者の宿泊はできなくなった。本陣があいていないときは脇(わき)本陣を利用した。これは本陣に準じるが、旅籠(はたご)屋の性格をも有した。本陣は一般の旅籠と異なり飯盛女(めしもりおんな)を置くこともできず、宿泊者も限定されていたため、ある程度幕府の保護はあったが経営は苦しく、定宿としている諸大名などから援助を受けることもあった。しかし諸大名のなかには、格式ばり、費用のかかる本陣を敬遠して本陣以外に休泊する者もあり、幕府は禁令を出している。主要街道の本陣数は、1843年(天保14)の調査によると、東海道が111、中山(なかせん)道が72、日光道中が24となっている。1870年(明治3)民部省布告により廃止された。
[山本光正]
『大熊喜邦著『東海道宿駅と其の本陣の研究』(1942・丸善)』▽『大島延次郎著『本陣の研究』(1955・吉川弘文館)』▽『丸山雍成「初期本陣に関する一試論」(『日本歴史』205号所収・1962・吉川弘文館)』▽『宮本常一編著『大名の旅』(1987・八坂書房)』
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精選版 日本国語大辞典
ほん‐じん ‥ヂン【本陣】

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旺文社日本史事典 三訂版
本陣
ほんじん
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