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李参平【リサンペイ】

デジタル大辞泉

り‐さんぺい【李参平】
[?~1655]江戸初期の陶工文禄慶長の役の際、肥前鍋島家の家臣に従って朝鮮から渡来、帰化して金ヶ江三兵衛と称した。日本で初めて磁器焼成に成功し、有田焼の創始者とされる。

出典:小学館
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デジタル版 日本人名大辞典+Plus

李参平 り-さんぺい
?-1655 朝鮮王朝の陶工。
忠清道金江の人。有田磁器の開祖。文禄(ぶんろく)・慶長の役の際,鍋島直茂の家臣多久安順(やすしげ)につれてこられる。元和(げんな)2年(1616)肥前松浦郡有田(佐賀県)で白磁鉱を発見し,白川天狗谷で開窯したという。これを契機に有田に陶業がおこった。明暦元年8月死去。日本名は金ケ江三兵衛

出典:講談社
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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

世界大百科事典 第2版

りさんぺい【李参平】
伊万里焼の創始者といわれる朝鮮人陶工。日本名を金ヶ江三兵衛といった。文禄・慶長の役(1592‐98)で,朝鮮へ出兵した佐賀藩主鍋島直茂が〈日本の〉にしようと連れ帰った陶工の一人という。鍋島藩家老の多久氏に預けられていたが,許しを得て泉山に磁鉱を発見し,白川天狗谷で磁器の焼造を始めたと説かれている。金ヶ江三兵衛という人物に関する古記録がいくつかあるが,なかでも《肥陽旧章録》に収められている三兵衛の〈覚〉と題する文書によって,有田で磁器が焼き始められたのは1616年(元和2)のことと考えられていた。

出典:株式会社平凡社
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日本大百科全書(ニッポニカ)

李参平
りさんぺい

生没年不詳。江戸初期の陶工。佐賀県西松浦(にしまつうら)郡有田(ありた)町の龍泉寺には明暦(めいれき)元年(1655)の条に「月窓浄心上田川三兵衛」なる戒名があり、これが李参平の没年とも考えられている。朝鮮半島李朝時代の忠清南道金江の出身。文禄(ぶんろく)・慶長(けいちょう)の役を契機に帰化した陶工の1人で、日本名は金ヶ江(かねがえ)三兵衛。肥前国(佐賀県)鍋島(なべしま)藩の祖鍋島直茂(なおしげ)に仕える多久安順(たくあんじゅん)が連れて帰った。初め小城(おぎ)郡多久(現多久市)に窯を築き、1616年(元和2)に有田町泉山に白磁鉱を発見し、有田町上白川天狗谷の地で日本初の白磁創製に成功したと伝えられる。有田白磁窯、すなわち伊万里(いまり)焼の磁祖として尊崇され、陶祖神社の祭神として祀(まつ)られている。

[矢部良明]

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精選版 日本国語大辞典

り‐さんぺい【李参平】

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