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東インド会社【ひがしインドがいしゃ】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

東インド会社
ひがしインドがいしゃ

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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デジタル大辞泉

ひがしインド‐がいしゃ〔‐グワイシヤ〕【東インド会社】
17世紀初頭に、イギリスオランダフランスデンマークスウェーデンがそれぞれ東洋貿易のために設立した独占的特許会社香料などの輸入が主目的であったが、植民地経営にも深く関与した。

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世界大百科事典 第2版

ひがしインドかいしゃ【東インド会社 British East India Company】
1600年から1858年のあいだに,イギリス・アジア間の貿易やインド支配を行ったイギリスの特権的な会社。〈地理上の発見〉以降ヨーロッパ各国がアジアとの直接貿易に進出するなかで,イギリス東インド会社は,喜望峰以東のアジア地域の貿易を独占的に行う特権会社として,1600年12月31日に設立され,57年のクロムウェルによる改組を経て,近代的株式会社として確立していった。イギリス東インド会社は,オランダの力の強かったモルッカ(香料)諸島からは退却し,ポルトガルやオランダの勢力を抑えてインドに拠点を拡大し,のちには,プラッシーの戦などを通じてフランスのインドへの進出を挫折させた。

出典:株式会社平凡社
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ひがしインドかいしゃ【東インド会社 Vereenighde Oost Indische Compagnie】
オランダの東インドにおける植民地経営,貿易を独占的に行った会社。オランダの東洋進出は,スペイン,ポルトガルより約1世紀遅く,1595‐97年のハウトマン航海に始まるが,その帰国に刺激されて多くの航海会社が乱立し,過当競争により利益が上がらなくなったので,オランダ連邦議会は1602年3月に連合東インド会社設立を決定した。これによりオランダのアムステルダムエンクハイゼンホールンロッテルダムデルフト,ミッデルブルフの6ヵ所に散在していた個々の会社が統合され,それぞれは東インド会社のカーメル(支部)と改称された。

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大辞林 第三版

ひがしインドがいしゃ【東インド会社】
一七世紀初頭に東インド(東洋)貿易とその植民活動を目的として設立された西欧各国の独占的特許会社。設立は、イギリスが1600年、オランダが1602年、フランスが1604年。 → イギリス東インド会社オランダ東インド会社

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精選版 日本国語大辞典

ひがしインド‐がいしゃ ‥グヮイシャ【東インド会社】
〘名〙 一七世紀初頭に、インド、東南アジアとの貿易および植民地経営を行なうためにヨーロッパ各国が設立した独占的特許会社。オランダ(一六〇二‐一七九九)はジャワ島中心に活躍。イギリス(一六〇〇‐一八五八)はインドを植民地化し、フランス(一六〇四‐一七九六)は一時インド支配に積極的だったがイギリスと争って敗れた。

出典:精選版 日本国語大辞典
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旺文社世界史事典 三訂版

東インド会社
ひがしインドがいしゃ
East India Company
17〜19世紀にヨーロッパ諸国がインド・東南アジアの物産の直接輸入と植民活動に従事させた特許会社の総称。国家的な独占企業体で,イギリス・オランダ・フランスの3会社が有力であった
【イギリス】1600年エリザベス1世の特許状で会社を設立。チャールズ2世時代には近代的な株式会社の形態をとる。当初はモルッカ諸島で香辛料貿易に従事していたが,1623年のアンボイナ事件(アンボイナの虐殺)でオランダに敗れて以来,綿布をあつかうインド貿易に専念した。カルカッタ・マドラス・ボンベイの3拠点からムガル帝国内部に進出し,私兵を有して独自の現地外交を展開しながら,1757年プラッシーの戦いでフランス勢力を駆逐した。1765年ベンガル地方の徴税権の譲渡を受けてからは,貿易の利益よりも植民地統治の政治的権力を行使する機関にしだいに変貌した。その後自由貿易要求が高まる中,1813年には茶以外のインド貿易の独占権が剝奪され,33年には貿易活動自体が停止されて純然たる統治機関となった。インド大反乱後の1858年にインドの統治権はイギリスの直接支配下に移されて,東インド会社は機能を停止した。
【オランダ】1602年各市府の商業会議所を合同して会社を設立。世界最初の近代的株式会社の性格をもつ。1619年オランダ東インド総督が会社の根拠地としてバタヴィア(現ジャカルタ)に商館を建設し,独占権を与えられて駐在した。香辛料貿易や植民地経営に従事し,17世紀前半には最盛期を迎えた。18世紀になると,イギリス・フランスの圧迫と植民地経営の失敗から,会社は領土をオランダ政府に移譲して1799年に解散した。
【フランス】1604年に設立されたが不振で,64年コルベールが再建して18世紀には隆盛となった。イギリスと争って敗れ,1796年に解散。
 以上のほか,デンマーク・スウェーデンなども,会社を設立した。

出典:旺文社世界史事典 三訂版
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旺文社日本史事典 三訂版

東インド会社
ひがしインドがいしゃ
17〜18世紀にかけて西欧諸国が東洋経営のために設立した特許会社
イギリスは1600〜1858年,オランダは1602〜1799年,フランスは1604〜67年の間存続。貿易権のみならず軍事権ももっていた。江戸時代の日蘭貿易もオランダの東インド会社が行い,その総督政庁はバタビアジャカルタ)にあった。

出典:旺文社日本史事典 三訂版
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