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東国【とうごく】

日本大百科全書(ニッポニカ)

東国(とうごく)
とうごく
「あずまのくに」ともいう。古代以来、広義、狭義があり、(1)畿内(きない)の東の東山道(とうさんどう)・東海道(とうかいどう)諸国をすべてさす、(2)東海道の相模国足柄山坂(さがみあしがらやまさか)以東(坂東(ばんどう))および、東山道の上野(こうずけ)国碓氷(うすい)峠以東(山東(さんとう))をさす。(3)、(2)から陸奥(むつ)、出羽(でわ)二国を除き、甲斐(かい)、相模、伊豆(いず)、武蔵(むさし)、下総(しもうさ)、上総(かずさ)、安房(あわ)、常陸(ひたち)、上野、下野(しもつけ)10か国、(4)、(3)から甲斐、伊豆を除いた八か国、などさまざまな用いられ方がある。また坂東、関東などの表現もある。『万葉集』の東歌(あずまうた)の収載範囲は、遠江(とおとうみ)、信濃(しなの)以東で、この地域は越後(えちご)を含めて東国方言の使用される地域である。
 1180年(治承4)源頼朝(よりとも)は伊豆に挙兵し、挙兵後3年にして、伊勢(いせ)~常陸の東海道14か国、美濃(みの)より下野に至る東山道五か国計19か国を実力で支配下に収め(のちに陸奥、出羽も含める)、1183年(寿永2)の宣旨(せんじ)によってこの地域の国衙在庁(こくがざいちょう)指揮権を掌握して、鎌倉の政権を成立させた。室町幕府のもとでは、関東10か国および陸奥・出羽には鎌倉府(関東府)が置かれ、将軍の一族が鎌倉(関東)公方(くぼう)として支配する地域となった。この地域の大半は、戦国大名小田原北条氏の領国となり、北条氏の滅亡後、徳川家康がここに移封され、江戸幕府成立の基盤とした。[峰岸純夫]
『尾崎喜左雄著『東国の国造』(『続日本古代史論集 上』所収・1972・吉川弘文館)』

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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