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東遊【あずまあそび】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

東遊
あずまあそび
日本伝統歌の一つ。東国地方の歌ので,大和地方の大和歌に対する。宇多天皇の寛平1 (889) 年賀茂臨時祭にこの歌を奉ったのを初めとして,現在では神武天皇祭,春秋皇霊祭や諸神社 (石清水,加茂,氷川など) の祭りに宮内庁楽部の楽師や神社所属の楽人によって奏される。曲は一歌 (いちうた) ,二歌,駿河歌求子歌 (もとめごうた) ,大比礼歌 (おおびれうた) の5曲で,それぞれの曲の間には,「阿波礼 (あわれ) 」や「於振 (おぶり) 」など短い声楽曲,「歌出」と称する前奏的器楽曲が奏される。句頭 (くとう。独唱者) と付歌 (つけうた。斉唱者2名) によって次々に歌われ,それを和琴 (わごん) ,高麗笛 (こまぶえ) ,篳篥 (ひちりき) の楽器がおのおの1人ずつで伴奏する。なお曲の中心を成す駿河歌と求子歌では6人の舞人によって舞が舞われる。

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世界大百科事典 第2版

あずまあそび【東遊】
雅楽の一種目。そこで歌われる歌を東遊歌という。もと東国の地方芸能であったらしいが,奈良時代から平安時代にかけて〈東舞〉などと称して近畿でも行われるようになり,9世紀ごろ様式をほぼ完成させた。楽器は句頭(くとう)(歌の主唱者)の打つ笏拍子(しやくびようし)のほか,篳篥(ひちりき),高麗(こま)(元来は東遊笛),和琴(わごん)(各1名)が用いられる。全曲の構成は,“高麗調子”(“ ”印のものは,楽器だけで演奏され,歌を伴わない),阿波礼(あわれ),“音出(こわだし)”,一歌(いちうた),二歌,“駿河歌歌出(するがうたのうただし)”,駿河歌一段,駿河歌二段,“加太於呂志(かたおろし)”,阿波礼,“求子歌出(もとめごのうただし)”,求子歌,“大比礼歌出(おおびれのうただし)”,大比礼歌。

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日本大百科全書(ニッポニカ)

東遊
あずまあそび
古代歌舞。東舞(あずままい)ともいい、もと東国地方の歌舞であったものが、のちに朝廷の大儀に取り入れられ、舞楽化するに至った。駿河(するが)国(静岡県)有度(うど)浜に天人が降りて舞ったのがその起源だという伝説がある。861年(貞観3)東大寺大仏供養のおりの記録に「東舞」とみえるのを初めとして、すでにこの貞観(じょうがん)のころには春日(かすが)祭、大原野祭で行われており、以後賀茂(かも)および石清水(いわしみず)臨時祭、平野祭、賀茂祭、祇園(ぎおん)の臨時祭などでも漸次行われるようになった。宮廷では一時期とだえていたが、江戸時代に再興、訂正された。
 現行の東遊の舞人は、6人ないし4人。舞人装束は青摺(あおずり)の袍(ほう)に表袴(うえのはかま)をつけ太刀を帯びる。頭には巻纓(けんえい)の冠に(おいかけ)をつけ、冠に季節の挿頭(かざし)の花を飾る。歌方は拍子、付歌(つけうた)、高麗(こま)笛、篳篥(ひちりき)、和琴(わごん)、それに琴持(こともち)。舞は駿河歌と求子(もとめご)歌につく。現在、東遊は宮内庁楽師により春秋の皇霊祭、神武(じんむ)天皇祭や埼玉県さいたま市大宮区の氷川(ひかわ)神社の例祭などに奏されるほか、賀茂神社、春日若宮、日光東照宮、金刀比羅(ことひら)宮の祭礼にも行われている。[高山 茂]

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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精選版 日本国語大辞典

あずま‐あそび あづま‥【東遊】
〘名〙 平安時代から行なわれた歌舞の名。東国の風俗歌(くにぶりのうた)に合わせて舞うところからこの名がある。もとは東国の民間に行なわれていたものが平安時代に宮廷に取り入れられ、貴族や神社の間にも行なわれるようになった。舞人は六人または四人。主唱をつかさどる歌方(うたいかた)は笏拍子(しゃくびょうし)を持ち、拍子、高麗笛(こまぶえ)、篳篥(ひちりき)、和琴(わごん)各一人から成る。唱和をする付歌(つけうた)若干(現行二人)、立奏のために和琴の首尾をささえる琴持ち二人から成る。後には、もっぱら神事舞として奏し、明治以後は、春秋の皇霊祭、一般の神社の恒例、臨時の祭礼の際などに行なわれる。一歌、二歌、駿河舞、片下(かたおろし)、求子(もとめご)歌、大比礼(おおひれ)歌から成り、駿河舞と求子歌に舞がつく。あずままい。
※九暦‐逸文・承平七年(937)四月(一五)日「賀茂祭云々、使左近中将敦忠朝臣、参内之次、召使舎人等、有東遊云々」
※源氏(1001‐14頃)若菜下「ことごとしき高麗、唐土の楽よりも、あづまあそびの耳馴れたるは、なつかしくおもしろく」

出典:精選版 日本国語大辞典
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とう‐ゆう ‥イウ【東遊】
〘名〙 東方へ歴遊すること。東国へ出かけること。
※読本・椿説弓張月(1807‐11)残「わが鶴ふたたび東遊(トウユウ)して、木綿山にありしとき」 〔戦国策‐秦策・始皇帝〕

出典:精選版 日本国語大辞典
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旺文社日本史事典 三訂版

東遊
あずまあそび
神社などの儀式で行われた東国に起源する歌舞
東舞 (あずままい) も同系とされる。延喜(901〜923)ころにその方式勅定された。歌は,一歌・二歌・駿河歌・求子 (もとめご) 歌・片下 (かたおろし) (大比礼 (おおびれ) 歌)の5曲よりなるが,舞がつく3・4曲が中心である。中世には一時廃絶したが,江戸時代に復興された。

出典:旺文社日本史事典 三訂版
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