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松平信綱【まつだいら のぶつな】

美術人名辞典

松平信綱
江戸前期の大名。名は亀千代、のち長四郎・伊豆守、俗称は知恵伊豆。家光・家綱に仕え、幕府創業の基礎を固めた。寛文2年(1662)歿、67才。

出典:(株)思文閣

デジタル大辞泉

まつだいら‐のぶつな〔まつだひら‐〕【松平信綱】
[1596~1662]江戸初期の大名。武蔵川越藩主。将軍徳川家光家綱に仕え、島原天草一揆由井正雪明暦の大火などを処理。伊豆守だったので「知恵伊豆」と称された。

出典:小学館
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デジタル版 日本人名大辞典+Plus

松平信綱 まつだいら-のぶつな
1596-1662 江戸時代前期の大名。
慶長元年10月30日生まれ。大河内久綱(ひさつな)の長男。松平正綱(まさつな)の養子。徳川家光の小姓から,寛永4年諸侯に列する。10年老中にくわえられて武蔵(むさし)忍(おし)藩主。3万石。島原の乱を鎮圧し,その功で16年川越藩(埼玉県)藩主松平(大河内)家初代。6万石。家光死後は家綱を補佐。参勤交代の制度化など幕藩体制の基礎づくりに貢献。藩政では川越城下の整備,野火止(のびどめ)用水の開削などをすすめた。茶人の小堀遠州と親交。伊豆守(いずのかみ)。「知恵伊豆」と称された。寛文2年3月16日死去。67歳。初名は正永(まさなが)。
【格言など】天下の仕置は重箱を摺子木(すりこぎ)にて洗う様なるが善し

出典:講談社
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江戸・東京人物辞典

松平信綱
1596〜1662(慶長元〜寛文2)【老中】「知恵伊豆』と呼ばれた、才気あふれる切れ者老中。 江戸前期の老中。松平正綱の養子。9歳で家光に仕える。「知恵伊豆」と呼ばれる才気で老中となり、家光の幕政を支えた。島原・天草一揆を鎮圧し、川越藩主になった。家光の死後も老中として、四代将軍家綱を補佐した。鎖国の建策をはじめ、明暦大火後の江戸都市再開発、玉川上水開削など、幕閣の中心として優れた手腕を発揮した。

出典:財団法人まちみらい千代田
監修:江戸東京博物館 都市歴史研究室長 北原 進
(C) 財団法人まちみらい千代田
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世界大百科事典 第2版

まつだいらのぶつな【松平信綱】
1596‐1662(慶長1‐寛文2)
江戸前期の幕府老中。徳川氏の地方役人大河内久綱の長子。幼名長四郎,諱(いみな)正永。1601年(慶長6)叔父で長沢松平家を継ぐ松平正綱の養子となる。04年徳川家光の小姓として近侍。20年(元和6)采地500石,信綱と改名。23年小姓組番頭800石,家光上洛に供奉し従五位下伊豆守に叙任。24年(寛永1)2000石,27年1万石で大名に列する。30年1万5000石。32年老中並勤仕の命をうけ,33年3月六人衆(のちの若年寄),4月御数寄屋方(おすきやかた)支配,5月老中に任じ,武蔵忍(おし)城主となり3万石を領した。

出典:株式会社平凡社
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大辞林 第三版

まつだいらのぶつな【松平信綱】
1596~1662 江戸初期の武蔵国川越藩主。伊豆守。俗に知恵伊豆と呼ばれた。将軍家光・家綱に仕え、島原の乱・由井正雪の乱を鎮圧、明暦の大火を処理して幕府の体制確立に功があった。

出典:三省堂
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

松平信綱
まつだいらのぶつな
[生]慶長1(1596).10.29.
[没]寛文2(1662).3.16. 江戸
江戸時代初期の武蔵川越藩主,幕府老中。伊豆守。松平右衛門大夫正綱の養子。実父は大河内金兵衛久綱。母は深井藤右衛門好秀の娘。知恵伊豆として知られる。慶長9 (1604) 年徳川家光が生れるとその家人としてつけられ,元和9 (23) 年家光が第3代将軍の宣下を受けると,その政治に参画することとなった。以後第4代将軍徳川家綱にも仕え,寛永 14 (37) 年の島原の乱や慶安4 (51) 年の由井正雪の事件 (→慶安事件 ) ,江戸の大火 (→明暦の大火 ) に際して適切な処置をとり,幕府の政治的基礎固めに貢献。島原の乱鎮定によって武蔵川越7万 5000石の領主となった。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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日本大百科全書(ニッポニカ)

松平信綱
まつだいらのぶつな
(1596―1662)
江戸前期の幕府老中。徳川氏の地方(じかた)役人大河内久綱(おおこうちひさつな)の長子で、6歳のとき叔父(おじ)松平正綱の養子となる。9歳で徳川家光(いえみつ)に小姓として近侍、1623年(元和9)小姓組番頭、伊豆守(いずのかみ)に叙任。27年(寛永4)1万石。32年老中並(なみ)、33年六人衆(後の若年寄)、ついで老中武蔵忍(むさしおし)3万石(埼玉県行田(ぎょうだ)市)の城主となった。35年小姓組番頭兼務を免除。37年末、島原の乱鎮圧の命を受け、翌年2月鎮定。その功績により39年武蔵川越(かわごえ)6万石(埼玉県川越市)に転じ、47年(正保4)7万5000石に加増された。家光が死ぬと阿部忠秋(ただあき)と幕閣の頂点にたち、4代家綱(いえつな)を補佐し、松平定政事件や由比正雪(ゆいしょうせつ)の乱を処理、明暦(めいれき)の大火後の復興に努めた。才気あふれ「知恵伊豆」といわれ、逸話は多い。家光・家綱2代にわたり新参譜代(ふだい)の中心として幕政を運営、幕藩体制の確立に尽くした。すなわち、武家諸法度(ぶけしょはっと)の改訂、参勤交代の制度化、鎖国の完成、牢人(ろうにん)問題の処理、寛永飢饉(かんえいききん)後の幕政改革に参画した。川越藩政の確立にも大きく寄与し、38年の川越大火後の城郭修築拡張、城下町の町割・復興と町制の整備、喜多院(きたいん)・仙波(せんば)東照宮再建、新河岸(しんがし)川舟運の開設、荒川(あらかわ)・入間(いるま)川治水、慶安(けいあん)総検地の実施、野火止(のびどめ)用水開削と武蔵野開発、勧農政策の実施などに努力した。また出羽庄内(しょうない)藩の幼主酒井忠義(ただよし)の外祖父として後見、藩内紛争を処理した。62年(寛文2)の死まで老中を勤め、武蔵岩槻(いわつき)の平林寺(へいりんじ)(翌年野火止に移転)に葬られた。[大野瑞男]

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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367日誕生日大事典

松平信綱 (まつだいらのぶつな)
生年月日:1596年10月30日
江戸時代前期の大名;幕府老中
1662年

出典:日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」
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精選版 日本国語大辞典

まつだいら‐のぶつな【松平信綱】
江戸初期の武蔵国川越藩主。大河内久綱の子。通称知恵伊豆。三代将軍家光の側近として仕え、六人衆を経て寛永一〇年(一六三三)老中に昇進。島原の乱を鎮圧する一方、幕府機構の整備に尽力。家光死後は幼将軍家綱を補佐して、慶安事件・明暦の大火などによる政情不安定を処理し、幕権の確立に貢献した。慶長元~寛文二年(一五九六‐一六六二

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旺文社日本史事典 三訂版

松平信綱
まつだいらのぶつな
1596〜1662
江戸前期の幕府老中。武蔵(埼玉県)川越藩主
三河(愛知県)の人。3代将軍徳川家光に仕え1633年老中となり,島原の乱('37〜38)を鎮定し,川越6万石(のち7万5000石)の藩主となった。家光死後は若い将軍家綱を補佐し,由井正雪の乱(慶安事件)の鎮定,江戸大火の処理など幕藩体制の確立に尽力した。

出典:旺文社日本史事典 三訂版
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