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枢密院【スウミツイン】

デジタル大辞泉

すうみつ‐いん〔‐ヰン〕【枢密院】
明治憲法下の天皇の最高諮問機関。明治21年(1888)大日本帝国憲法草案審議のため設置。議長副議長顧問官により組織され、内閣から独立した機関として、藩閥官僚の本拠となった。昭和22年(1947)日本国憲法施行で廃止
中期以降の中国で、軍政をつかさどった中央官庁。軍政を轄したが軍隊の指揮権はなかった。代に廃止。

出典:小学館
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朝日新聞掲載「キーワード」

枢密院
国王の補佐を目的とする諮問機関。議長1人と18人以下の議員で構成され、国王勅令選任、解任される。兼職政党支持表明が憲法で禁じられ、中立的な存在であることが求められる。国王のを受け、王位継承に関する王室典範の改正案を起草することができるなど権限は大きい。
(2009-03-29 朝日新聞 朝刊 1外報)

出典:朝日新聞掲載「キーワード」

世界大百科事典 第2版

すうみついん【枢密院 privy council】
一般に君主の最高諮問機関の名称として用いられる。君主の任命する枢密顧問官合議体で,絶対君主制のもとで重要な役割を果たしたが,議会の勢力が強まり,これに対応して内閣制度が確立すると,その役割は低下する。日本の場合,枢密院は官僚勢力の牙城で,しかも比較的早くから政党が内閣をにぎりはじめたため,これと対抗し牽制する役割を担い,長く活動を続けた。中国では五代以来,おもに軍政を担当する官庁の名称である。 日本の枢密院は,1888年4月に枢密院官制によって設置され,〈元勲及練達ノ人ヲ選ミ〉〈天皇親臨シテ重要ノ国務ヲ諮詢スル所〉とされた。

出典:株式会社平凡社
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大辞林 第三版

すうみついん【枢密院】
旧憲法下における天皇の最高諮問機関。1888年(明治21)設置。重要な国事を審議。議長・副議長・顧問官・書記官長らで組織され、成年以上の親王および国務大臣も参加できた。1947年(昭和22)廃止。枢府。
中国で、中唐期から宋・元代まで主として軍政・機密をつかさどった官庁。

出典:三省堂
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精選版 日本国語大辞典

すうみつ‐いん ‥ヰン【枢密院】
〘名〙
① 中国で唐・五代・宋の軍政、機密をつかさどった官署。明代になって廃止された。枢密。枢府。
※参天台五台山記(1072‐73)七「凞寧六年三月十一日内中進呈 奉聖旨枢密院
② 政治上、枢要な事務をつかさどる機関。〔改訂増補哲学字彙(1884)〕
③ 旧憲法下で、天皇の政務上の最高顧問府として、重要な国務に関し天皇の諮問にこたえることを主な任務としていた合議機関。議長、副議長および顧問官、書記官長らで組織され、成年以上の親王および国務大臣も参加し得た。枢府(すうふ)。〔枢密院官制及事務規程(明治二一年)(1888)〕

出典:精選版 日本国語大辞典
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旺文社世界史事典 三訂版

枢密院
すうみついん
おもに軍政を司った中国の官庁
唐の玄宗の治世に置かれた,中書門下の5房の1つである枢密房が起源とされ,初めは宦官 (かんがん) を内枢密使とし,天子と中書・門下との間の表奏 (ひようそう) の授受にあたらせた。後唐 (こうとう) の荘宗のとき(923)枢密院と改め,宋代には中書門下省とともに最高官庁となり,軍政を司った。 (りよう) ・金・元に引き継がれ,明に至って廃止された。

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旺文社日本史事典 三訂版

枢密院
すうみついん
大日本帝国憲法下における天皇の最高諮問機関
1888年大日本帝国憲法草案審議のため設置。勅選による議長(初代伊藤博文)・副議長と元勲・練達の人からなる枢密顧問官などから構成され,憲法・皇室典範・条約・緊急勅令など国政に関する重要事項を審議した。「憲法の番人」と称したが,実際は藩閥官僚・軍人が多数を占め,貴族院とともに政党政治の発達を抑制した。1947年日本国憲法施行とともに廃止された。

出典:旺文社日本史事典 三訂版
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