@niftyトップ

辞書、事典、用語解説などを検索できる無料サービスです。

柳宗元【りゅうそうげん】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

柳宗元
りゅうそうげん
Liu Zong-yuan
[生]大暦8(773)
[没]元和14(819)
中国,中唐の文学者。河東 (山西省永済県) の人で,柳河東とも呼ばれる。字,子厚。貞元9 (793) 年進士に及第。校書郎,藍田尉を経て礼部員外郎となり,王叔文をリーダーとする反宦臣派の少壮官僚として朝政の改革を志したが挫折し,邵州刺史からさらに永州司馬に左遷され,のち柳州 (江西省) 刺史となって任地で没した。詩文にすぐれ,散文では古文運動の提唱者として韓愈とともに「韓柳」と並称され,詩では自然詩人系列に数えられ,王維孟浩然韋応物とともに「王孟韋柳」と呼ばれる。詩文集『柳河東集』 (45巻) 。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル大辞泉

りゅう‐そうげん〔リウ‐〕【柳宗元】
[773~819]中国、中唐期の文人河東山西省)の人。字(あざな)は子厚。唐宋八家の一人。礼部員外郎となったが失脚柳州に左遷されたまま死亡。韓愈(かんゆ)とともに古文復興を唱え、田園詩に優れて、王維孟浩然韋応物と並称された。

出典:小学館
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:田中牧郎、曽根脩
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典 第2版

りゅうそうげん【柳宗元 Liǔ Zōng yuán】
773‐819
中国,唐代中期の文学者。字は子厚,原籍により河東(山西省)の人と称して柳河東と呼ばれ,最終官により柳柳州ともいう。貞元9年(793)の進士。798年,博学宏詞科に合格,官途につき,805年,徳宗皇帝の崩後,順宗皇帝の側近王伾・王叔文のもとに集まった革新官僚の一人として礼部員外郎(ここから柳儀曹ともいう)となり腕をふるったが,順宗が病気で退位し,憲宗皇帝が即位すると,革新派は失脚,柳宗元も永州(湖南省)員外司馬として流謫された。

出典:株式会社平凡社
Copyright (c) Heibonsha Limited, Publishers, Tokyo. All rights reserved.

大辞林 第三版

りゅうそうげん【柳宗元】
773~819 中国、中唐の文人。字あざなは子厚。山西省河東の人なので、柳河東とも呼ばれた。唐宋八大家の一。韓愈かんゆとともに古文復興を主張、詩意画趣に富む多くの山水遊記を残した。詩文集「柳河東集」

出典:三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

日本大百科全書(ニッポニカ)

柳宗元
りゅうそうげん
(773―819)
中国、唐代の詩人で、「唐宋(そう)八大家」の一人に数えられる「古文」の名文家。字(あざな)は子厚(しこう)。河東(山西省永済県)の人。中唐の人で、韓愈(かんゆ)とともに「韓柳」と併称される。後世では、出身地にちなんで柳河東、晩年の任地にちなんで柳柳州ともよばれる。『柳河東集』45巻が編まれていて、詩は約160首がある。793年(貞元9)21歳の若さで進士に及第。33歳、監察御史裏行(りこう)のとき、王叔文(753―806)らが、即位した順宗(在位805)を後ろ盾として推し進めた政治の改革運動に参加。だがこの運動は宦官(かんがん)・旧官僚の反撃にあって5か月で挫折(ざせつ)した。順宗は退位し、王叔文は翌806年、死を賜り、柳宗元は永州(湖南省零陵)の司馬に流されるなど、おもだった8人は辺地の司馬に流された。世に「八司馬の事件」という。10年後、柳州(広西チワン族自治区柳州市)の刺史(長官)に遷(うつ)され、奴婢(ぬひ)を解放するなど多くの改革を行い、819年(元和14)47歳で卒(しゅつ)した。
 彼は「王孟韋柳(おうもういりゅう)」と称される自然派の四詩人の一人で、有名な詩として「南澗(なんかん)中に題す」「漁翁」「江雪」などがある。文章家としては、韓愈とともに、形式にとらわれぬ古文運動を提唱し、六朝(りくちょう)以来、数百年にわたって文章は駢文(べんぶん)(四言・六言の対句づくりの文)と決まっていた流れを一変した。文に、南方の山水の美を写した『永州八記』、政治を風刺した「蛇を捕うる者の説」「種樹郭(しゅじゅかくたくだ)伝」、歴史的政治論の「封建論」、無神論的な「非国語」などがある。[中島敏夫]
『横山伊勢雄訳『中国の古典30 唐宋八家文 上』(1982・学習研究社) ▽林田慎之助著『中国の詩人9 柳宗元』(1983・集英社)』

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

精選版 日本国語大辞典

りゅう‐そうげん リウ‥【柳宗元】
中国、唐代の文人。字(あざな)は子厚。唐宋八大家の一人。韓愈とともに古文復興を唱え「封建論」や「永州八記」などを書いた。田園詩にすぐれ、王維・孟浩然・韋応物と並称される。詩文集に「柳河東集」。(七七三‐八一九

出典:精選版 日本国語大辞典
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

柳宗元」の用語解説はコトバンクが提供しています。

柳宗元の関連情報

関連キーワード

良弁鈴鹿川まちづくり交付金藤原緒嗣岐阜[県]白糠[町]嫡出子プラセオジム八幡惣町

他サービスで検索

(C)The Asahi Shimbun Company /VOYAGE MARKETING, Inc. All rights reserved.
No reproduction or republication without written permission.

アット・ニフティトップページへ アット・ニフティ会員に登録

ウェブサイトの利用について | 個人情報保護ポリシー
©NIFTY Corporation