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柳宗悦【やなぎ むねよし】

美術人名辞典

柳宗悦
民芸の主唱者。東京生。民衆工芸から「民芸」の語をつくり、富本憲吉浜田庄司河井寛次郎と共に民芸運動総括。また宗教思想に沈潜して美と宗教の世界を深めた。雑誌『工芸』を創刊。昭和36年(1961)歿、72才。

出典:(株)思文閣

デジタル大辞泉

やなぎ‐むねよし【柳宗悦】
[1889~1961]美術評論家・宗教哲学者。東京の生まれ。雑誌「白樺」の創刊に参加。のち民芸運動を提唱・推進した。昭和11年(1936)東京都目黒区駒場日本民芸館設立

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デジタル版 日本人名大辞典+Plus

柳宗悦 やなぎ-むねよし
1889-1961 大正-昭和時代の哲学者,民芸運動の創始者。
明治22年3月21日生まれ。柳楢悦(ならよし)の3男。柳兼子(かねこ)の夫。「白樺」同人となりB.リーチを知る。西洋,朝鮮,日本の美術と宗教を研究。生活に根ざした民衆的工芸に美を発見し,「民芸」の語をつくる。浜田庄司,河井寛次郎らと民芸の普及につとめ,「工芸」を創刊。昭和11年日本民芸館を創設。32年文化功労者。昭和36年5月3日死去。72歳。東京出身。東京帝大卒。著作に「美の法門」など。
格言など】美と醜が切り離されることなく存在するこの世界全体を受け入れる視点を(「美の法門」)

出典:講談社
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世界大百科事典 第2版

やなぎむねよし【柳宗悦】
1889‐1961(明治22‐昭和36)
哲学者,民芸運動の創始者。東京に生まれた。父は海軍少将で数学者の柳楢悦(ならよし),母は勝子(柔道家嘉納治五郎の姉)。学習院高等科のころ同窓生と《白樺》を創刊。その美術面をうけもち,宗教哲学,心霊学についての論文寄稿。《科学と人生》(1911)を東大在学中に刊行。1913年東京帝国大学文学部心理学科を卒業。翌年,声楽家中島兼子と結婚。学生時代からウィリアム・ブレークを研究し,14年《ヰリアム・ブレーク》を出版。

出典:株式会社平凡社
Copyright (c) Heibonsha Limited, Publishers, Tokyo. All rights reserved.

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

柳宗悦
やなぎむねよし
[生]1889.3.21. 東京
[没]1961.5.3. 東京
美術評論家,民芸運動の主唱者,宗教哲学者。 1910年,学習院在学中に志賀直哉らと『白樺』を創刊。 1913年東京帝国大学哲学科卒業。来日した B.リーチを知り終生親交を結ぶ。 1915年朝鮮に旅行してその美術に心を奪われ,1924年京城 (現ソウル) に朝鮮民族美術館を開設。 1919~23年東洋大学宗教学教授。 1923年甲州で2体の仏像の美しさにひかれ,その作者木喰五行明満を見出した。やがて民衆のつくった雑器の美に注目し,民衆的工芸の意味で「民芸」なる語をつくった。富本憲吉浜田庄司河井寛次郎らを知り,1926年「日本民藝美術館設立趣旨」を発表。 1929年ハーバード大学で仏教美術を講じ,1931~51年雑誌『工芸』刊行。 1936年東京,駒場に日本民藝館を創設し初代館長を務める。第2次世界大戦後は民芸運動の総括者として活躍。 1957年文化功労者。主著『柳宗悦選集』 (10巻) 。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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日本大百科全書(ニッポニカ)

柳宗悦
やなぎむねよし
(1889―1961)

美術評論家、宗教哲学者。民芸運動の提唱者として知られる。東京生まれ。父は海軍少将で数学者の柳楢悦(ならよし)。学習院を経て、東京帝国大学文学部心理学科を卒業(1913)。学習院高等科在学中に文芸雑誌『白樺(しらかば)』の創刊(1910)に加わり、同人となる。のち朝鮮の工芸や木食上人(もくじきしょうにん)の彫刻、ブレイクとホイットマンの詩を紹介。大正末期より民芸美論をたて、講演と調査、収集のために日本全国と海外各地を旅行した。志賀直哉(しがなおや)、武者小路実篤(むしゃのこうじさねあつ)、河井寛次郎、浜田庄司(はまだしょうじ)、バーナード・リーチらの文学者や工芸家と同志的な交流をもち、民芸運動の普及に努めた。雑誌『工芸』『民芸』を創刊し、1936年(昭和11)に東京・駒場(こまば)に日本民芸館を創設、それまで顧みる者のなかった民衆の工芸の美を解明した功績は大きい。生涯を通じて直観によって打ち立てた独自の東洋美学は、著作『雑器の美』(1926)、『日本の民芸』(1960)など数十冊に収められている。1957年(昭和32)文化功労者。

 なお、夫人の柳兼子(かねこ)(旧姓中島。1892―1984)はアルト歌手。ドイツ歌曲に定評があり、1972年芸術院会員に選ばれた。

[永井信一 2016年9月16日]

『『柳宗悦全集 著作篇』全22巻(1980~1992・筑摩書房)』『鶴見俊輔著『柳宗悦』(1976・平凡社/平凡社ライブラリー)』『寿岳文章著『柳宗悦と共に』(1980・集英社)』

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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精選版 日本国語大辞典

やなぎ‐むねよし【柳宗悦】
美術評論家。東京出身。宗教哲学研究のため渡欧。帰朝後、東洋大、明大、同志社大などで教鞭をとり、東洋美術国際研究会常務理事をつとめた。工芸研究からさらに民芸研究家として活躍。雑誌「民芸」を刊行し、日本民芸館を設立。昭和三二年(一九五七)文化功労者。著に「雑器の美」「日本の民芸」など。明治二二~昭和三六年(一八八九‐一九六一

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旺文社日本史事典 三訂版

柳宗悦
やなぎむねよし
1889〜1961
大正・昭和期の民芸研究家
東京の生まれ。東大卒。学習院在学中,『白樺』創刊に参加。のち朝鮮や琉球芸術関心をもち,民衆工芸の美を強調,日本の朝鮮政策を批判した。バーナード=リーチらとともに民芸運動を展開し,1936年日本民芸館(東京都目黒区駒場)を設立した。

出典:旺文社日本史事典 三訂版
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