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核戦略【かくせんりゃく】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

核戦略
かくせんりゃく
nuclear strategy
兵器を使用し,あるいはその潜在力によって政治目的 (抑止を含む) を達成しようとする戦略。原子爆弾の出現以来,大国の戦略は核兵器を中心として考えられるようになったが,核兵器の進歩,運搬手段や基地の発達増強,および相手国の相応する核軍備の進歩増強などに応じて,核戦略も変遷してきた。核戦略の基本的な形は,(1) 対兵力戦略と (2) 対都市戦略で,(1) は相手の報復力を破壊し損害を局限し,一方的最大の抑止効果を得ようとするもので,先制第1撃を必要とするが,相手兵力の非脆弱化によって対兵力戦略の可能性は小となる。 (2) は,基地の非脆弱化によって相手の先制攻撃から残存し,相手の都市に対する報復によって耐えがたい損害を与えうるような潜在力をもてば,相手の第1撃は抑止しうるので,最小限の戦略兵力の保有で十分であるとするもので,最小抑止ないし有限抑止戦略に通じる。アメリカは 1960年代初期対ソ優勢の時代には,コントロールされた対兵力戦略を,米ソの戦略兵力が均衡するに従い,「確証破壊」「損害局限」の戦略を採用するようになった。しかし米ソの相互抑止関係のもとでは,大量報復戦略は不可能で,J.ケネディ政権は柔軟反応戦略を採用した。ソ連の「軍事戦略」 (ソコロフスキー元帥編) では核戦争によって戦争目的は達成できるとしていた。それは第1撃を意味する。ソ連が全般戦略として柔軟反応的な戦略を採用していたことは,通常兵力,戦術核兵器の重視からも明らかである。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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デジタル大辞泉

かく‐せんりゃく【核戦略】
核戦争の勃発を防止し、核抑止力のもとで世界平和を維持しようとする方策

出典:小学館
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
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世界大百科事典 第2版

かくせんりゃく【核戦略 nuclear strategy】
第2次世界大戦の終末期に広島長崎で使用された核兵器は,在来の兵器に比べてけたはずれの破壊力を持つために,旧来の戦略思想を一変させた。核兵器はその巨大な破壊力のために〈究極兵器〉と呼ばれ,その使用は人類破滅につながるので,戦争はできなくなったと見るものまでいた。しかし,第2次大戦後,核兵器は使用されなかったが,戦争は引き続いて発生してきた。核兵器は使用されなかったが,使用される可能性が存在し,核兵器によって国際政治は大きな影響を受けてきた。

出典:株式会社平凡社
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日本大百科全書(ニッポニカ)

核戦略
かくせんりゃく
nuclear strategy

核兵器を使用する戦争のための軍事的および政治的基本方針。

[服部 学]

アメリカの核戦略

第二次世界大戦終了時に唯一の原爆保有国であったアメリカは、対ソ封じ込めの原爆外交政策をとった。いわば原子爆弾は核脅迫戦略の手段であった。1949年にソ連も原子爆弾を完成すると、アメリカは戦術核兵器と水素爆弾の開発に乗り出し、54年1月、ダレス国務長官は「自らの選ぶ方法と場所において即座に反撃できる」大量報復戦略(ニュールック戦略ともいう)を提唱した。57年ソ連がICBM(大陸間弾道ミサイル)の発射に成功すると、アイゼンハワー大統領はこれをネオ・ニュールック戦略に修正したが、その内容は、戦略核戦力を強化して対ソ優位を保とうとするものであった。一方このころから海外の基地に戦術核兵器を配備し、地域を限定した限定核戦争戦略が取り入れられた。60年代になって、ケネディ大統領は、核戦力と通常戦力のいずれをも強化する柔軟反応戦略を採用した。60年代後半にソ連の核戦力が増強されてくると、マクナマラ国防長官は相互確証破壊に基づく抑止戦略を掲げた。70年代にアメリカはミサイルのMIRV(マーブ)(多核弾頭誘導弾)化でソ連を大きく引き離し、先制核攻撃のカウンター・フォース(対軍事力)戦略が可能となってきた。70年代終わりのブラウン国防長官の相殺戦略の内容はカウンター・フォース戦略であった。80年8月カーター大統領の署名した大統領指令第59号は、アメリカの戦略核戦力の攻撃目標が都市や産業施設ばかりでなく軍事目標を含むことを明らかにしている。クリントン大統領は、97年11月、大統領指令第60号で、核攻撃の目標は従来のロシアなどから第三世界諸国中心に設定し、必要な場合には先制攻撃を行い、そのために使いやすい新型核兵器の開発を進めることを明らかにした。

 現在は多種多様な核兵器体系が存在し、したがってこれらを使う核戦争にも、限定核戦争から長期大規模核戦争とよばれるものまで、多種多様の核戦略が考えられている。

[服部 学]

ソ連、ロシアの核戦略

ソ連は1949年に原子爆弾を手にしたが、十分な運搬手段がなく、また古典的軍事思想を固守したスターリンの軍事戦略は原子兵器とはなじまなかった。スターリン時代には核戦略とよべるものはなかった。マレンコフは水素爆弾と長距離爆撃機を手にしたことから、核兵器を抑止戦力とみなす政策を採用した。しかし量的にはアメリカのほうが優勢であり、これは一種の最小限抑止力論に基づくものであった。フルシチョフは、ロケット技術の進歩と大型水爆開発の自信過剰からか、アメリカに対する軍事的優位を得ようとして核軍拡に乗り出したが、この間アメリカはミサイルのMIRV化に全力を注いでいた。ソ連がようやくMIRV技術のもつ意味の重大さに気づき、その後を追い始めるには5年の遅れがあった。米ソの核兵器関連技術開発の足どりは、ほとんどの技術でアメリカが2年ないし5年先行し、ソ連の核戦略はアメリカの技術の進歩に振り回され、つねにその後を追うという状況が繰り返されてきた。ソ連解体後のロシアは、依然として大量の核兵器をもっているが、核戦略については核抑止以外とくに明らかにしていない。

[服部 学]

その他の国の核戦略

フランスはガロワ将軍の『中級国家の核武装論』に基づいた抑止戦略論を採用している。つまり、かつての米ソのような大規模な核戦力をもたなくとも、対都市戦略に基づく小規模の核戦力で抑止力となりうるという考え方である。またアメリカのNATO(ナトー)(北大西洋条約機構)に対する核の傘を信頼せず、アメリカも含めて全世界のあらゆる国に対する全方位戦略を主張している。

 イギリスの核政策は、アメリカおよびNATOの戦略ときわめて密接な関係をもっており、独自の核戦略はもっていない。

 中国は、最初に核兵器を使うことはないと宣言してきた。しかしどのような核戦略をもっているのかについては、なにも発表していない。とにかくあらゆる種類の核兵器をもつことに重点を置いているようにみえる。インドとパキスタンの核実験はカシミール紛争を理由にあげているが、明確な核戦略はまだないように思われる。事実上の核兵器国とされるイスラエルも対アラブ政策があると思われるが、核兵器の存在を明らかにしていない。

[服部 学]

『豊田利幸著『核戦略批判』『新・核戦略批判』(岩波新書)』『R・C・オルドリッジ著、服部学訳『核先制攻撃症候群』(岩波新書)』『中川八洋著『現代核戦略論』(1985・原書房)』『中川八洋著『ソ連核戦争戦略』(1984・原書房)』

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