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桜町天皇【さくらまちてんのう】

美術人名辞典

桜町天皇
第百十五代天皇中御門天皇の第一皇子。母は新中和門院藤原尚子。諱は昭仁。幕府との協調関係のなか朝儀復興にを払い、先帝のとき再絶した大嘗祭を再興し儀制の整備をはかった。和歌の道に秀で、『桜町院坊中御会和歌』『桜町院御集』等の歌集がある。寛延3年(1750)崩御、31才。

出典:(株)思文閣

デジタル大辞泉

さくらまち‐てんのう〔‐テンワウ〕【桜町天皇】
[1720~1750]第115代天皇。在位1735~1747。中御門(なかみかど)天皇の第1皇子。名は昭仁(てるひと)。和歌に長じ、歌集「桜町院坊中御会和歌」「桜町院御集」などがある。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plus

桜町天皇 さくらまちてんのう
1720-1750 江戸時代中期,第115代天皇。在位1735-47。
享保(きょうほう)5年1月1日生まれ。中御門(なかみかど)天皇の第1皇子。母は藤原尚子(新中和門院)。父の譲位をうけて即位。大嘗(だいじょう)祭,新嘗祭などを復活させた。和歌をこのんだ。幕府は8代将軍徳川吉宗,9代家重(いえしげ)の時代。寛延3年4月23日死去。31歳。墓所は月輪陵(つきのわのみささぎ)(京都市東山区)。幼称は若宮。諱(いみな)は昭仁(てるひと)。歌集に「桜町院御集」。
格言など】思ふにはまかせぬ世にもいかでかはなべての民の心やすめむ(「桜町院御集」)

出典:講談社
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世界大百科事典 第2版

さくらまちてんのう【桜町天皇】
1720‐50(享保5‐寛延3)
第115代に数えられる天皇。在位1735‐47年。名は昭仁,中御門天皇の第1皇子。在位期間は将軍徳川吉宗,家重の代にわたる。資性聡明と称され,ことに朝儀の興隆熱意をもち,1738年(元文3)大嘗会を再興したのをはじめとして,新嘗会,宇佐奉幣その他多数の儀式公事の復旧につとめた。歌集に《桜町院御集》その他が伝えられ,著作には霊元天皇の和歌を類聚した《桃蘂類題(とうずいるいだい)》や典侍日野資子の死去を悼む文章がある。

出典:株式会社平凡社
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

桜町天皇
さくらまちてんのう
[生]享保5(1720).1.1. 京都
[没]寛延3(1750).4.23. 京都
第 115代の天皇 (在位 1735~47) 。名は昭仁 (てるひと) 。幼称は若宮。中御門天皇の第1皇子,母は太政大臣近衛家煕の娘で,贈皇太后新中和門院藤原尚子。享保 20 (35) 年即位,朝儀の振興と皇威の伸張に意を用い,新嘗祭 (にいなめさい) などを再興し,また宇佐宮などの奉幣使派遣を復興した。延享4 (47) 年譲位。和歌の道に秀で,歌集に『桜町院坊中御会和歌』 (1巻) ,『桜町院御集』 (2巻) ,『桜町院御百首』 (1巻) などがある。陵墓は京都市東山区今熊野泉山の月輪陵。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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日本大百科全書(ニッポニカ)

桜町天皇
さくらまちてんのう
(1720―1750)

第115代天皇(在位1735~47)。第114代中御門(なかみかど)天皇の第1皇子昭仁(てるひと)。生母は新中和門院尚子(近衛家煕(このえいえひろ)の女(むすめ))。1728年(享保13)立太子。35年3月父中御門天皇の譲りを受けて践祚(せんそ)。38年(元文3)11月19日大嘗会(だいじょうえ)を挙行。大嘗会は、祖父東山(ひがしやま)天皇のとき1687年(貞享4)に、後土御門(ごつちみかど)天皇の1466年(文正1)以来の旧儀を復興したが、父中御門天皇のとき中絶したのを再興したもので、この後は定例となった。1747年(延享4)第1皇子遐仁(とおひと)(桃園(ももぞの)天皇)に譲位。歌道に秀で、歌集『桜町院御集』『桜町院坊中御会和歌』などがある。寛延(かんえん)3年崩御。京都東山・泉涌寺(せんにゅうじ)に葬るが、いまの御陵は今熊野にあり、月輪陵という。

[辻 達也]

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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367日誕生日大事典

桜町天皇 (さくらまちてんのう)
生年月日:1720年1月1日
江戸時代中期の第115代の天皇
1750年没

出典:日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」
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精選版 日本国語大辞典

さくらまち‐てんのう ‥テンワウ【桜町天皇】
第一一五代の天皇。名は昭仁(てるひと)。幼称は若宮。中御門(なかみかど)天皇の第一皇子。母は太政大臣近衛家凞の女中和門院尚子。享保二〇年(一七三五)即位。朝儀の振興と皇威の伸張につとめる。和歌に秀で「桜町院御集」「桜町院坊中御会和歌」などの歌集がある。在位一二年。享保五~寛延三年(一七二〇‐五〇

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