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森山多吉郎【もりやまたきちろう】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

森山多吉郎
もりやまたきちろう
[生]文政3(1820).長崎
[没]明治4(1871).東京
幕末のオランダ通詞。初名,栄之助。家業を継いで長崎奉行所に奉職し,難破したアメリカ人捕鯨船乗組員 R.マクドナルドについて英語,オランダ語を修得。嘉永4 (1851) 年から英和辞書の編修に従事し,同6年 M.ペリー,E.プチャーチン両使節が来航した際は通訳をつとめ,外国人からもその能力を称賛され,外国奉行通弁役頭取となった。文久1 (61) 年開市開港延期の目的で派遣された竹内保徳らの遣欧使節随行,次いで外国奉行支配調役,兵庫奉行付組頭となった。この間,江戸に私塾を開き,門下から福地源一郎,沼間守一らが出た。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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デジタル版 日本人名大辞典+Plus

森山多吉郎 もりやま-たきちろう
1820-1871 幕末のオランダ通詞(つうじ)。
文政3年6月1日生まれ。嘉永(かえい)元年(1848)偽装漂着の船員R.マクドナルドに英語をまなぶ。プチャーチン,ペリーらとの交渉,文久2年(1862)の竹内遣欧使節団などで通訳をつとめた。通弁役頭取をへて,兵庫奉行付組頭。英語塾の門人津田仙,福地桜痴(おうち)らがいる。明治4年3月15日死去。52歳。肥前長崎出身。名は憲直。通称ははじめ栄之助。

出典:講談社
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

世界大百科事典 第2版

もりやまたきちろう【森山多吉郎】
1820‐71(文政3‐明治4)
幕末期の通詞。諱(いみな)は憲直,通称は栄之助,のち多吉郎。オランダ小通詞として,1845年(弘化2),52年(嘉永5)に年番を務める。48年に漂流アメリカ人マクドナルドから英語を学び,50年幕命で《エゲレス語辞書和解》の編纂に従事。54年(安政1)のペリー再来,日米和親条約締結交渉の際には,江戸に召されて通訳を務めた。外国奉行通弁役頭となって,62年(文久2)開港延期のためオールコックに同行,ヨーロッパに派遣された。

出典:株式会社平凡社
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367日誕生日大事典

森山多吉郎 (もりやまたきちろう)
生年月日:1820年6月1日
江戸時代末期;明治時代の通詞
1871年

出典:日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」
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