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橋本多佳子【はしもと たかこ】

美術人名辞典

橋本多佳子
俳人。東京生。本名山谷多満。杉田久女・山口誓子に師事する。『馬酔木』『天曜』同人。読売新聞俳壇選者。奈良県文化賞受賞。句集に『海燕』『信濃』『紅糸』等がある。昭和38年(1963)歿、64才。

出典:(株)思文閣

デジタル版 日本人名大辞典+Plus

橋本多佳子 はしもと-たかこ
1899-1963 昭和時代の俳人。
明治32年1月15日生まれ。昭和10年から山口誓子(せいし)に師事,23年「天狼(てんろう)」創刊に同人として参加。「七曜」を創刊,主宰した。昭和38年5月29日死去。64歳。東京出身。旧姓は山谷。本名は多満。句集に「海燕(うみつばめ)」「紅糸(こうし)」など。

出典:講談社
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

世界大百科事典 第2版

はしもとたかこ【橋本多佳子】
1899‐1963(明治32‐昭和38)
俳人。東京都生れ。本名は多満(たま)。1922年に俳句に手を染め,35年から山口誓子に師事した。48年に創刊された俳句同人誌《天狼(てんろう)》で特に活躍,戦後の代表的女流俳人と評価されている。35年以前の習作期に,〈わが行けば露とびかかるの花〉(《海燕(うみつばめ)》1941)のような大胆な把握が示されていたが,その大胆さが多佳子の句法として確立するのは,第3句集《紅糸(こうし)》(1951)においてである。

出典:株式会社平凡社
Copyright (c) Heibonsha Limited, Publishers, Tokyo. All rights reserved.

日本大百科全書(ニッポニカ)

橋本多佳子
はしもとたかこ
(1899―1963)

俳人。東京生まれ。本名多満(たま)。旧姓山谷。1917年(大正6)橋本豊次郎と結婚、のち小倉(こくら)に住む。22年(大正11)より俳句を志し、杉田久女(ひさじょ)の手ほどきを受ける。『ホトトギス』『馬酔木(あしび)』を経て、山口誓子(せいし)に師事、『天狼(てんろう)』創刊に同人として参加。48年『七曜(しちよう)』を創刊主宰。「男の道を歩く稀(まれ)な女性作家」といわれ、個性的な嘆きや寂寥(せきりょう)感を力強く表現した。句集に『海燕(うみつばめ)』(1941)、『信濃(しなの)』(1947)、『紅絲(こうし)』(1951)などがある。

[鷹羽狩行]

 蛍籠(ほたるかご)昏(くら)ければ揺(ゆ)り炎(も)えたたす

『『橋本多佳子全句集』全1巻(1976・立風書房)』『『増補現代俳句大系6・8』(1981・角川書店)』

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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