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欲動【よくどう】

世界大百科事典 第2版

よくどう【欲動 drive】
S.フロイトによって用いられた精神分析概念。本来ドイツ語のTrieb訳語であり,〈本能〉とも訳されているが,本能とは区別すべきである。フロイトは欲動を〈心的なものと身体的なものとの境界概念〉と述べ,心理学的な意識的体験としての〈欲求need〉や〈欲望desire〉に比して,生物学的な基盤を考慮した概念として用いる一方,〈本能〉よりは心理的な概念として用いている。彼は欲動を〈身体内部に由来し精神のなかに到達する刺激の心的な表象〉とも述べている。

出典:株式会社平凡社
Copyright (c) Heibonsha Limited, Publishers, Tokyo. All rights reserved.

日本大百科全書(ニッポニカ)

欲動
よくどう
Trieb ドイツ語
pulsion フランス語
instinct 英語
drive 英語

精神医学の用語。フロイトが『性欲論三篇』Drei Abhandlungen zur Sexualtheorie(1905)のなかで導入した用語。「精神的なものと身体的なものの境界概念」であり、身体的な刺激の解消に向かう心的な緊張状態を指す。

 『性欲論三篇』でフロイトは、欲動を「休むことなく流れている、体内的な刺激源の心的な代表者」と規定し、これをその身体的な「源泉Quelle」(とくに重要なものとして口唇と肛門があげられる)とそこで生じる刺激の解消という「目標Ziel」によって特徴づけた。のちに論文「欲動とその運命」Triebe und Triebschicksale(1915)でフロイトは、これらに「衝迫Drang」と「対象Objekt」を加えた4要素をもって欲動を考えるようになり、それぞれ異なった源泉と目標をもつ欲動(部分欲動)が、さまざまな変転を経て異性を対象に選ぶ性器期的な愛へと統合されてゆく過程としてリビドーの発達を記述した。

 部分欲動を中心としたフロイト前期の欲動論に対して、後期の欲動論を特徴づけるのはその二元性である。「欲動とその運命」で性欲動に対立する自我欲動(自己保存欲動)として提示されたこの二元性は、やがて生の欲動と死の欲動の対立というかたちでフロイト思想の根幹に据えられることになった。精神分析理論の根本原理である快感原則(不快と感じられる緊張状態からの解放を目指す傾向)によっては説明されえない現象が、人間の心理には数多く見いだされるが、緊張状態をむしろつくり出す方向に向かうそれらの現象を前にして、フロイトはこれらを、快感原則の究極的な姿である「死の欲動(タナトス)」およびこれと対立するもう一つの原理「生の欲動(エロス)」を考えることで説明しようとした(「快感原則の彼岸」Jenseits des Lustprinzips(1920))。

 この二大欲動論を説明するにあたり、フロイトがワイスマンら当時の生物学者の知見を数多く援用したことからフロイト学説を生物学主義とみなす解釈が生じたが、フロイト自身はこれをあくまで一つの「神話」(「続精神分析入門」Neue Folge der Vorlesungen zur Einführung in die Psychoanalyse(1932))とみなしていた。のちにラカンはこれを言語および他者の問題系のなかに位置づけ直したうえで、部分欲動についても新たに欲動の対象として「眼差しregard」および「声voix」を考えた(『精神分析の四基本概念』Les quatre concepts fondamentaux de la psychanalyse(1964))。

[原 和之]

『フロイト著、懸田克躬ほか訳「性欲論三篇」「欲動とその運命」「快感原則の彼岸」「続精神分析入門」(以上『フロイト著作集』所収・1968~83・人文書院)』『ジャック・ラカン著、ジャック=アラン・ミレール編、小出浩之ほか訳『精神分析の四基本概念』(2000・岩波書店)』

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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精選版 日本国語大辞典

よく‐どう【欲動】
〘名〙 (Trieb の訳語) 精神分析学で、人間を行動へと駆り立てる無意識の衝動。フロイトにおいては、生物学的な本能と精神的な衝動の境界概念としてとらえられ、当初は自己保存欲動と性欲動、後には生の欲動(エロス)と死の欲動(タナトス)とに分けて考えられた。

出典:精選版 日本国語大辞典
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最新 心理学事典

よくどう
欲動
drive(英),Trieb(独)
主に精神分析的な概念で,生得的なエネルギー,生物学的な起源をもつ力が,心の内側から動機,動因となって人びとを駆り立てているという考え方に立ち,その動因が欲動である。本能との関連で,生物に固有の動因を考える立場は,行動科学や心理学あるいは社会学にもあるが,精神分析はそれらの力動を,起源,強さ,目的,対象との関係で理解していくため,衝動そのものの在り方を対象にしている。身体的な基盤と精神的な代理表象との間には複雑な回路があり,それによって欲動についてのさまざまな理論の構成を可能にしてきた。

 精神分析において,欲動は生理学的な側面と生物学的な側面,そして心理生理学的な側面がある。生理学的な側面では欲動が内部に起源をもち,恒常的で,行動によって回避,逃避できないものと定義できる。また生物学的な側面では,衝動の興奮が本能に由来するので,それをどのようにコントロールするかが生体の仕事になる。また心理生理的な側面では,身体の内部に由来するエネルギーが,防衛を通して精神的なものの中で心的代理物として変形や活用されるものであり,心理学的にその充足を取り扱うことが主題になる。こうした側面をフロイトFreud,S.はその出発点から取り扱い,自身の臨床経験と理論的な考察を通して,いくつかの理論を発展させてきたが,欲動についてはその発展の中でいくつかの理論的な変更がなされている。

 フロイトはこのエネルギーをリビドーLibidoとよび,それが動因と考えた。当初フロイトは,欲動は本来性的なものであるとした。その発達と組織化のプロセスを口唇期oral phase,肛門期anal phase,男根期phallic phase,エディプス期oedipal phaseといった性心理発達の図式を作ることで,それらが性感帯を中心に組織化されていくと考えている。口唇期とは口を媒介として快感を得る時期で,1歳ごろの幼児が母親との間で授乳を媒介として存在している時期にあたる。肛門期とはトイレットトレーニングのときの肛門括約筋の発達に伴う,ためる-はなすといった様式に快を感じる3歳ぐらいまでの時期にあたる。また男根期とエディプス期は,生殖器の存在にまつわるさまざまな葛藤をこなしていくことで,性別に基づく快を組織化する8歳ぐらいまでの時期を指す。こうした性感帯を中心とした性心理発達は,その身体部位を欲動の出入口として,後に青年期以降の性行動で活用されると考えられる。

【欲動と本能】 本能instinctということばは,行動生物学などではInstinktが使われるが,フロイトはTriebとして本能に由来する欲動を区別して用いたので,ハルトマンHartmann,H.らは,これに本能衝動instinctual driveという訳語を充てている。フロイトが最初に本能ということばを用いたのは『性欲三論文』(1905)で,そこでは性的な本能(ここでは英語訳でinstinctが用いられている)が記述されている。その後,『強迫行為と宗教儀式』(1907)では本能興奮ということばが使われている。さらにフロイトはこの本能衝動の性質を性的なものだけでなく,対立し葛藤する諸衝動の中でとらえようとした。それによって欲動の取り扱いは複雑になっていった。

 まず性本能とは別に彼が考えたのは,自己保存本能で,それはリビドー的なものと対立する自我本能(自我欲動)ego instinctとよばれるようになった。さらにその後『ナルシシズム入門』(1914)で自我リビドーego libido(自己愛,ナルシシズムnarcissism)ということばを導入して,リビドーが対象に向かう方向とは反対に自己愛に向かう方向性を明確にして,それが自我保存本能と同じものだと考えるようになった。さらに晩年は人間のもっている攻撃的な側面に注目し,それをフロイトは死の本能death instinct(タナトスThanatos)とよび,生の本能life instinct(エロスEros)と対比させた。フロイトの後期の超自我,自我,エスの構造理論の中では,エスが基本的な動因とみなされるが,そのなかでそれぞれの本能衝動は対立する二元論を構成していた。この死の本能については,フロイト自身の理論構成にどれだけ必要なものであったかは,その後の精神分析でも議論がある。晩年の著作である『続精神分析入門』(1933)では,さまざまに複雑な本能衝動の理論は依然として神話的で曖昧であると述べる。精神分析の方法論から見れば,欲動は防衛や抵抗を通じて,本来の姿というよりも代理表象である幻想や空想を通じて現われるので,事後的に変形された姿でしかとらえることができないからである。人それぞれが一定のエネルギーをもつ仮説は,あくまで仮説なので,一般心理学との連続性で欲求をエネルギーのように考える理論は,たとえばハルHull,C.L.に見られるが,欲動を原理とした本能衝動というよりも,食欲や性欲などの基本的な欲求を一次的所与と想定して,その欲求低減と学習の動機との関係を定式化しようとしている。

 1930年代以後,精神分析は死の衝動をめぐって二つの大きな流れが対立して発展してきている。一つは自我心理学の,ハルトマンらの流れで,初期の欲動論から出発して自我の分析を行ない,外的な世界に適応していく自我の自律的な機能を想定するようになった。この場合,欲動はリビドーの一元論で死の本能的な衝動,欲動は重視されない。それに対してクラインKlein,M.を出発点とするクライン理論は,児童分析および精神病の分析を通して,死の本能の臨床的な意義を認めている。彼女は断片化していくあるいは興奮が消滅していく方向性を死の本能の性質ととらえた。それに対して生の本能は前進して結合していく方向性とみなされている。現代の精神分析理論のなかでとくに対象関係論は,欲動の理論をそれほど重視しない傾向がある。たとえば「対象関係論」という概念を最初に用いたフェアバーンFairbairn,W.R.D.は本能そのものを前提にすることに懐疑的になり,衝動とその解放をモデルにする衝動心理学を否定して,心の内的構造を抜きにして衝動そのものが成り立たないと語る。彼にとって,人間は基本的に対象希求的で,本能衝動もそれと分離して考えられない。また治療関係を重視する立場からギルGill,M.は個人の欲動を基盤にして構成される心理学を一者心理学one-person psychologyとよび,治療関係の中で構成される心理学を二者心理学two-person psychologyとよんでいる。 →精神分析 →対象関係論 →本能
〔妙木 浩之〕

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