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正宗得三郎【まさむね とくさぶろう】

美術人名辞典

正宗得三郎
洋画家。岡山県生。小説家正宗白鳥、国文学者・歌人正宗敦夫。東美校卒。二科会創立に参画し、会員となる。戦後、黒田重太郎・鍋井克之らと第二紀会結成富岡鉄斎の研究でも知られ、著書に『鉄斎』等がある。昭和37年(1962)歿、78才。

出典:(株)思文閣

デジタル版 日本人名大辞典+Plus

正宗得三郎 まさむね-とくさぶろう
1883-1962 明治-昭和時代の洋画家。
明治16年8月22日生まれ。正宗白鳥,正宗敦夫(あつお)の弟。東京美術学校(現東京芸大)にはいり,青木繁と親交をもつ。明治42年文展入選。大正3年フランスに留学,マティスに感化をうける。4年二科会会員。昭和22年第二紀会結成に参加。富岡鉄斎の研究でも知られる。昭和37年3月14日死去。78歳。岡山県出身。作品に「モレー運河」など。著作に「画家と巴里(パリ)」「鉄斎」。

出典:講談社
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

世界大百科事典 第2版

まさむねとくさぶろう【正宗得三郎】

出典:株式会社平凡社
Copyright (c) Heibonsha Limited, Publishers, Tokyo. All rights reserved.

日本大百科全書(ニッポニカ)

正宗得三郎
まさむねとくさぶろう
(1883―1962)
洋画家。岡山県生まれ。長兄は文学者正宗白鳥、次兄敦夫(あつお)は国文学者。1902年(明治35)上京し、寺崎広業(こうぎょう)の塾に通い日本画を学ぶが、やがて洋画に転じ、07年東京美術学校西洋画科を卒業する。在学中から青木繁(しげる)に傾倒し、青木グループの一員となる。09年第3回文展に『白壁』を出品。14年(大正3)渡仏し、マチスに会い感化を受ける。翌年二科展に作品を送って二科会会員となり、16年帰国して第3回二科展に滞欧作36点を陳列する。21~24年再渡欧。第11回二科展に『モレーの運河』ほかの滞欧作を特別出品した。第二次世界大戦後の47年(昭和22)同志と二紀会を結成。[小倉忠夫]

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
(C)Shogakukan Inc.
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