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氏神【うじがみ】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

氏神
うじがみ
普通,鎮守神産土神 (うぶすながみ) と同じに考えられ,居住地の守護神という意味に受取られている。「うじ」とは共同祖神をもつ同族意識によって結合した生活共同体であるが,その実態が歴史的に薄れて,血縁よりも地縁が社会生活で重視されるように変化したため,混同が行われ,地域の守護神を神と呼ぶようになったものである。本来は,「家」を単位として私的にまつる祖霊を氏神と呼び,鎮守神,産土神の祭りは公的なものとみるべきである。純粋な信仰に基づいて「氏神」を奉り,「うじ (氏族) 」が社会組織の単位であった時代には,神意が倫理であったため,神意を受ける者は氏神の直系子孫と信じられ,「うじのかみ (氏上 ) 」と呼ばれ,一般の「うじびと (氏人) 」 (→氏子 ) から絶対的な信頼と尊敬を寄せられていた。皇室伊勢神宮の関係がこれをはっきり示している。氏神の成語の文献上の初見は『万葉集』巻三の「大伴坂上郎女祭神歌」左注とされている。

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デジタル大辞泉

うじ‐がみ〔うぢ‐〕【氏神】
神として祭られた氏族の先祖。藤原氏の天児屋命(あまのこやねのみこと)斎部(いんべ)氏の天太玉命(あまのふとだまのみこと)など。
その氏族にゆかりのある神。また、その神を祭った神社。平氏厳島(いつくしま)明神源氏八幡宮など。
住んでいる土地の人々を守護する神。産土神(うぶすながみ)鎮守神と同一視されることが多い。

出典:小学館
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世界大百科事典 第2版

うじがみ【氏神】
神道では習俗上の同族集団ないしは地縁社会を包括的に守護する神社とその祭神を,成員との親縁性を象徴的に強調して一般に〈氏神〉という。その語源は,古代の氏族制社会における族縁原理〈氏(うじ)〉に基づく守護神,すなわち氏族神(氏の神)に求められる。氏神祭祀を示す古例は《古事記神代巻に3柱の綿津見(わたつみ)神が阿曇連(あずみのむらじ)の奉斎する〈祖神〉とある。《続日本紀》和銅7年(714)2月条にも大倭忌寸五百足(やまとのいみきいおたり)が氏上(うじのかみ)として神祭したとあるが,これは大倭神社(大和坐大国魂神社,《延喜式》)を氏神としてまつったことをさす。

出典:株式会社平凡社
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大辞林 第三版

うじがみ【氏神】
古代の氏族が共同でまつった祖先神、あるいはその氏と特に縁故のある守護神。また、それをまつった神社。藤原氏の祖先神としての天児屋根命あまのこやねのみこと、守護神としての鹿島神宮・香取神宮、忌部氏の太玉命ふとたまのみこと、源氏の八幡宮など。
室町時代以降、同一の地域内に居住する人々が共同でまつる神。産土神うぶすながみ
屋敷神のこと。

出典:三省堂
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日本大百科全書(ニッポニカ)

氏神
うじがみ
古代社会において氏族の祀(まつ)る神を意味していたが、時代が下るにしたがって、ムラの守護神たる産土神(うぶすながみ)や鎮守神と同一視されるようになった神格。氏神という語は『古事記』や『日本書紀』には見当たらず、『万葉集』巻3の大伴坂上郎女(おおとものさかのうえのいらつめ)の歌の注の「天平(てんぴょう)五年冬十一月供祭大伴氏神之時」が初見とされている。しかし、この場合は「大伴氏の神」とも考えられるので、氏神という語を確定するまでには至っていない。
 現在のところ、文献によって知られる氏や氏神は7、8世紀以降のものである。つまり、律令(りつりょう)体制の解体を背景にした氏族の衰退期のものといえる。したがって、この時期の氏族が営む氏神をもって、氏神の全容と考えるわけにはいかない。いずれにしても、平安時代後期の氏神祭りは春は2月か4月、秋は11月というようにほぼ春秋の2回と一定しており、氏の構成員によって営まれていた。氏の構成員である氏人(うじびと)はそろって祭祀(さいし)を行うべきものと考えられていたらしく、氏神が畿外(きがい)にある者は、そのおりの帰郷を認められていたようである。春秋2回の氏神祭りの時期については、その年の豊作を願う祈念祭と実りを感謝する収穫祭という農耕儀礼と結び付いたものだといわれている。氏は氏長(うじおさ)とか氏上(うじのかみ)とよばれる者を中心にして、氏人によって構成されていた。氏人とはもともとこうした氏の構成員という意味であった。しかし、中世になると祭祀仲間というほどのものになり、のちには新たに生じた氏子という語にその位置を譲って、今日的な理解に近いものとなるのである。
 こうした氏神信仰が一般の庶民社会においても存在していたかどうかについては不明である。いまのところ、政治的に大きな勢力をもっていた特定の氏族において信仰されていたと考えるほうが妥当であろう。藤原氏の春日(かすが)神社、橘(たちばな)氏の梅宮、秦(はた)氏の稲荷(いなり)社などは、氏神社としてよく知られている。室町時代以後は武家の間でも氏神信仰を営むようになった。源氏における八幡(はちまん)社のように、勧請神(かんじょうしん)であっても氏神と呼称する場合が少なくない。中世末から近世にかけては、同族結合の強化とともに祖先崇拝の形をとるようになった。このように、古代社会にみられた氏神信仰はその後幾多の変遷を経て、現在どのムラでもかならずみられる鎮守神、産土神と同一視されるようになった。
 ところで、今日われわれが氏神というとき、その対象や内容は一律ではない。土地によって相当な差異がある。大は大社や名社といわれる有名神社から、小は個人の屋敷地内の祠(ほこら)に至るまで実に多様な形態のものがある。こうした多岐にわたる氏神の観念を最初に分類・整理したのは柳田国男(やなぎたくにお)である。
 柳田は、一門氏神、村氏神、屋敷氏神の3分類によって説明している。
(1)一門氏神 マキ、イッケ、カブ、ジルイなど同族や一族を構成する集団によって祀られているのでマキ氏神などともいう。多くは本家・分家関係から形成されているので、祭神の性格は同族神である。本家・分家の系譜意識を重要視する集団なので、自然と本家が祭祀の中心となる。従来から同族神と考えられてきたものを概観してみると、まず長野県から山梨県にかけて顕著にみられる祝殿(いわいでん)、祝神(いわいじん)がある。本家を中心にしてマキごとに祀られているもので、祭日は比較的春や秋に集中している。具体的な事例を長野県塩尻(しおじり)市のものに求めてみる。同姓17軒で祝殿を祀っているが、祭神は稲荷で毎年4月3日に祭りをする。大小の樹木に囲まれた石積みを土台にした木製の祠で、前方に赤い鳥居の構えがある。祭りの世話をする頭屋(とうや)は1年交代の輪番制で、4月2日の宵祭にはほおずき提灯(ちょうちん)と幟(のぼり)を用意する。直会(なおらい)の肴(さかな)などは頭屋が負担するが、その他の費用は均等にする。当日は祠の前に尾頭(おかしら)付きの魚、昆布、お神酒(みき)を供え、家ごとに戸主などだれか1人が参加して、神主をよんで湯立てをする。湯立てをするのはこのあたりでも少ないが、祭祀内容は一般的である。この事例でもみられたように、祝殿、祝神には祭神として稲荷が圧倒的に多いのが特徴で、そのほか八幡や熊野など名社からの勧請神とみられるものが多い。
 関東から中部、東海、近畿にかけては地の神が一門氏神の対象となっている。11月から12月にかけての祭日が多く、いわゆる霜月祭の範疇(はんちゅう)に属している。古木や自然石そのものを対象としていたり、樹木の根元の祠を対象としていたりする。静岡県あたりには樹木の根元に毎年新藁(しんわら)で祠をつくりかえるといった古い形態をうかがわせる事例が多くみられる。また、死後33年の最終年忌に墓に葉付き塔婆(とうば)を立てると、ホトケが地の神となるといった伝承も広い範囲に及んでいる。この地の神と同系統の信仰と思われるが、従来からよく知られているものに若狭(わかさ)のニソの杜(もり)信仰がある。福井県の小浜(おばま)湾を形成する大島半島で営まれているもので、ニソとかモリとかとよばれている祭場が30か所ほど点在する。そこは自生林が生い茂り、うっそうとした森になっている。森の木は切ってはならないという言い伝えがあり、それを守らないと祟(たた)るなどという。森は大小さまざまであるが、中央には古木があり、多くはその近くに祠が祀られている。同族によって祭祀を営む典型的な事例をみてみることにする。このグループは本家とその分家5軒、それに昔から分家扱いにされてきたという家の7軒によって構成されている。祭場や供物の費用をまかなうニソ田とよぶ祭田はともに本家の土地であるが、祭祀や耕作は1年ごとの順番である。分家が当番にあたっている年は、11月22日の夕方から祭りの準備にとりかかる。用意が整うと、当番の戸主が山裾(やますそ)の祭場に詣(もう)でる。祠の前に浜辺からとってきた荒砂をまき、その上に短い幣束(へいそく)と粢(しとぎ)をのせた赤飯を入れた藁苞(わらづと)を供える。そして、長い幣束を祠の横にある古木の根元に刺して拝する。22日はこれで終わるが、翌23日の早朝に本家の戸主夫婦が祭り直しを行う。祭り直しは標縄(しめなわ)、幣束、供物などの点検である。こうして祭りが滞りなく終了すると、当番の家に集まって直会をするのである。このグループは先祖を祀っているという意識が非常に強い。と同時に本家の権威も絶大である。
 そのほか、中国地方、とりわけ山陽地方に分布する荒神(こうじん)、山口県から島根県にかけての山陰地方の森神、佐賀県や壱岐(いき)、対馬(つしま)など北九州にみられるヤブサ神、国東(くにさき)半島を中心にした小一郎神(こいちろうがみ)、鹿児島県を中心に南九州一帯に顕著なウッガン(内神)など、同族神として一門がこぞって信仰している事例が数多くみられるのである。これらの祭祀内容は前述した祝殿やニソの杜信仰とかなり共通点がある。しかし、この一門氏神の信仰形態そのものがすでにかなりの変遷を経ているので、これらが直接的に古代の氏神信仰と結び付くものではない。ただ、柳田は、本家を中心にした一族によって先祖神が祀られるという点から、古代の氏族による氏神信仰に近いものを見て取ったわけである。柳田は、一つの氏に一つの氏神という氏神信仰の古態を想定していた。
(2)村氏神 ある一定の地域内に居住している者が氏子と意識して、その祭りなどに奉仕する氏神社のことをいう。第二次世界大戦時まで続いていた社格制度で、村社とされていた神社の大半がこれに該当する。所によっては鎮守とか産土とか、あるいはただお宮というようによばれている。赤子の初宮参りや7歳の氏子入れなどの社会的承認はこの神社を介して行われる。いずれにしても、氏子や氏子の居住する土地や建物の守り神と信じられていた。現在でも広くみられる地鎮祭はそうした信仰に基づいている。こうした村氏神は、一門氏神の合同の結果生じたものであるという。つまり、元来氏神は氏ごとに一つずつあったが、多数の氏が合同して一つの氏神を祀ったのが村氏神であるというのである。
(3)屋敷氏神 個々の家が一軒で、屋敷地の一隅や持ち地の山林に祠などを設営して祀っているものをいう。一門氏神同様、古くは春秋の祭日に先だって新藁などで仮屋をつくったりしていたが、現在は木や石製の常設の祠となっているものが多い。祭神も多くは、稲荷、八幡、神明、秋葉など大社から勧請したものであるが、地方によってさまざまな名称がある。一門氏神などでみた一定の祭神の信仰圏のなかにも、一軒で祀られているものは多い。春とか秋の祭日はもとより、正月など節日ごとに供え物をしたり、婚姻の入家式に際しては、かならず参拝するといったことが行われる。一般的に家の守護神といった意味合いが強いが、なかには先祖を祀るといった伝承をもつものもある。屋敷氏神は、氏族の大きな団結力を必要としなくなった中世以降の社会変化を背景にして生じた形態で、村氏神と同じように古い時代にはなかったものだという位置づけがなされているのである。
 柳田の分類は、古代の氏神信仰は氏ごとに一つの氏神を祀っており、現在の同族神のあり方がそれに比定しうるという点と、現在のムラの神社が氏神の合同の結果生じたものであるという点を前提になされたものである。これらに対して、同族神と認定されてきた信仰形態の分析などを通して異説も出され、今後の大きな課題となっている。[佐々木勝]
『「氏神と氏子」(『定本柳田国男集 第11巻』所収・1969・筑摩書房) ▽原田敏明著『村の祭祀』(1975・中央公論社) ▽佐々木勝著『屋敷神の世界』(1983・名著出版)』

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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精選版 日本国語大辞典

うじ‐がみ うぢ‥【氏神】
〘名〙
① 氏人がまつる、氏族と関係の深い神や氏族の祖先神など。また、それをまつった神社。藤原氏の春日、鹿島、香取神社、橘氏の梅宮神社、源氏の平野、八幡神社、平氏の平野、厳島(いつくしま)神社など。氏の神。
※続日本紀‐宝亀八年(777)七月乙丑「内大臣従二位藤原朝臣良継病。叙其氏神鹿嶋社正三位香取神、正四位上
② 村落共同体が共通の守護神としてまつる神。また、それをまつった神社。村氏神。鎮守。産土神(うぶすながみ)
※臥雲日件録‐文安四年(1447)八月一三日「凡世人、以神明主我所生之地、謂之氏神
※咄本・醒睡笑(1628)八「民家旱損を歎き、氏神の社頭に、風流をかけ雨を乞ふに」
③ 各戸の屋敷内にまつる屋敷神。
④ 開拓先祖、中興の祖、非業(ひごう)の死をとげた一族の者などをまつったもの。
⑤ 救いの神。特に、けんかの仲裁者。
※浄瑠璃・丹波与作待夜の小室節(1707頃)中「今日の乗手は氏神約束の馬次迄」
⑥ その道に深く達している人のたとえ。
※評判記・難波立聞昔語(1686)嵐三右衛門「立さはぎたる声のひびき、凡天下の役者の氏神」

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旺文社日本史事典 三訂版

氏神
うじがみ
古代の氏の統合の中心となった神
氏の守護神で,氏上 (うじのかみ) がその祭祀にあたった。だいたい氏の祖先神で,中臣氏の天児屋根命 (あめのこやねのみこと) は有名。中世以降,氏族的結合がゆるむと本来の性格がうすれ,産土神 (うぶすながみ) のような地縁神と混同されるようになった。

出典:旺文社日本史事典 三訂版
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