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民主南アフリカ会議【みんしゅみなみあふりかかいぎ】

日本大百科全書(ニッポニカ)

民主南アフリカ会議
みんしゅみなみあふりかかいぎ
Convention for a Democratic South Africa

略称CODESA。1991年6月のアパルトヘイト関連法の全廃後、南アフリカ共和国の将来の政体を討議するため全人種代表により開かれた会議。91年9月に黒人間の武力衝突終結を決めた国民和平協定締結後、アフリカ民族会議(ANC)と南ア政府は、主要政党・組織にCODESAの開催を呼びかけた。ホームランド代表を含む18団体が出席した第1回CODESAは、91年12月にヨハネスバーグで開催された。同会議では、「統一した民主的で人種差別のない南アフリカ」の達成を骨子とした「趣旨宣言」が採択され、新憲法制定までの手続案を作成する5作業部会が設置された。しかし、パン・アフリカニスト会議(PAC)、アザニア人民機構(AZAPO)、保守党(CP)、右翼グループは会議をボイコットした。第2回CODESAは92年5月に開かれ、新憲法制定までの暫定政府樹立に関しては合意をみたものの、制憲議会の形態と決議方法について意見が対立した。その後、6月のボイパトン虐殺事件を契機にANCはCODESAから脱退した。9月に政府・ANC頂上会談によりANCが復帰すると、インカタ自由党(IFP)がCODESAを脱退。同じく会議出席を拒否するCPなどと憂国南アグループ(COSAG)を結成した。その後政府はCOSAGを説得し、93年4月多党交渉フォーラムが開催され、26団体が出席した。7月第2回フォーラムが開かれ、全人種選挙を94年4月に実施することで合意した。その後、IFP、CP、クワズールー政府はフォーラムから脱退した。

[林 晃史]

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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