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永田貞柳【ながたていりゅう】

デジタル版 日本人名大辞典+Plus

永田貞柳 ながた-ていりゅう
1654-1734 江戸時代前期-中期の狂歌師。
承応(じょうおう)3年生まれ。紀海音(きの-かいおん)の兄。家は代々鯛屋と称する大坂の菓子商。父貞因に俳諧(はいかい)を,豊蔵坊信海に狂歌をまなぶ。通俗,平明で機知に富んだ狂歌で,その歌風は上方を中心にひろく流行した。享保(きょうほう)19年8月15日死去。81歳。本姓は榎並(えなみ)。名は良因,言因。通称は善八。別号に油煙斎。作品に「家づと」など。
【格言など】百居ても同じ浮世に同じ花月はまんまる雪はしろたへ(辞世)

出典:講談社
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

世界大百科事典 第2版

ながたていりゅう【永田貞柳】
1654‐1734(承応3‐享保19)
江戸中期の狂歌師。由縁(油煙)斎貞柳鯛屋貞柳ともいう本名は榎並善八。別号は良因,言因,珍菓亭など多数。紀海音の兄。大坂御堂前の菓子屋。俳諧を父貞因に,狂歌を豊蔵坊信海に学ぶ。信海ゆずりの〈(はく)の小袖にの帯〉をモットーに,通俗的歌風で大いに流行し,狂歌の隆盛をもたらした。門人は大坂の栗柯亭木端住吉の貞堂,広島の貞佐,名古屋の米都・其律など多数。編著は《狂歌五十人一首》《家づと》《続家づと》など,家集に《貞柳翁狂歌全集類題》がある。

出典:株式会社平凡社
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日本大百科全書(ニッポニカ)

永田貞柳
ながたていりゅう
(1654―1734)

江戸中期の狂歌作者。名は良因、のち言因。父貞因(ていいん)は禁裡(きんり)御用を勤めた大坂雛屋(ひなや)町の菓子商鯛屋(たいや)。貞因も叔父貞富(ていふ)も俳諧(はいかい)をよくし、弟は浄瑠璃(じょうるり)作者紀海音(きのかいおん)という風流一家。早く狂歌を豊蔵坊信海(ほうぞうぼうしんかい)に学んで『後撰夷曲集(ごせんいきょくしゅう)』に10代で入集(にっしゅう)した以後、「箔(はく)の小袖(こそで)に縄の帯」すなわち雅俗折衷の平明な狂歌を理想として、大坂の庶民に狂歌を普及させた。とくに南都古梅園(こばいえん)の墨が天覧に入ったと聞いて「月ならで雲の上まですみのぼるこれはいかなるゆえんなるらん」と詠んで評判になったのにちなみ、油煙斎(ゆえんさい)、由縁斎と唱えてから名声いよいよ高く、門人は西日本や中京にまで広がった。家集に『家づと』『続家づと』があり、死後に『貞柳翁狂歌全集類題』(1809)がある。

[浜田義一郎]

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

永田貞柳
ながたていりゅう
鯛屋貞柳」のページをご覧ください

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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