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永田錦心【ながたきんしん】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

永田錦心
ながたきんしん
[生]1885.12.1. 東京
[没]1927.10.30. 東京
薩摩琵琶演奏家。本名武雄。薩摩琵琶正派の肥後錦獅に師事。 1906年帝国黄嘴会を組織して独立。邦楽の諸種目を研究して,一般に広く受入れられるように琵琶楽の曲風を改め,かつ芸術的にも洗練された優雅な様式を樹立して錦心流創始した。著書に『愛吟琵琶歌之研究』がある。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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デジタル版 日本人名大辞典+Plus

永田錦心 ながた-きんしん
1885-1927 明治-昭和時代前期の琵琶(びわ)演奏家,日本画家。
明治18年12月1日生まれ。肥後錦獅(きんし)に薩摩(さつま)琵琶正派をまなぶ。明治41年一水(いつすい)会をつくり,錦心流を創始。田口米作,寺崎広業に絵をまなび,文展などに出品した。昭和2年10月30日死去。43歳。東京出身。本名武雄。画号は武州。作曲に「石童丸」,著作に「愛吟琵琶歌之研究」など。

出典:講談社
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

世界大百科事典 第2版

ながたきんしん【永田錦心】
1885‐1927(明治18‐昭和2)
錦心流薩摩琵琶の創始者。当時すでに東京にも普及しつつあった薩摩琵琶を肥後錦獅の下で数年のうちに習得し,20歳で錦心の号を許された。従来の剛健な語り的演奏様式にあきたらず,歌うことを強調した発声と表情豊かな節回しを特徴とする様式をつくりあげた。増加する門弟を組織して1908年には一水会を発足させ活躍したので,この一派は錦心流と呼称されるようになった。《石童丸》ほか多数の作品の創作があり,その教習および演奏によって全国的なレベルで隆盛し,御前演奏をもつとめた。

出典:株式会社平凡社
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日本大百科全書(ニッポニカ)

永田錦心
ながたきんしん
(1885―1927)

薩摩琵琶(さつまびわ)錦心流の創始者。本名武雄。東京生まれ。19歳で薩摩琵琶を肥後錦獅(ひごきんし)に学び、20歳で宗家吉水錦翁(よしみずきんおう)から錦心の号を受ける。しかし従来のものに飽き足らず、豪華な技巧などを案出し、1908年(明治41)「一水(いっすい)会」という一派を創始。これが大正から昭和初期にかけて旧来の薩摩琵琶をしのぐほど大流行し、この派を「錦心流」、従来のものを「正派」とよび区別する。錦心流は優婉(ゆうえん)・雅趣、正派は素朴・勇壮な芸風を特徴とする。作品に『石童丸(いしどうまる)』ほか多数。著書に『愛吟琵琶歌之研究』がある。

[シルヴァン・ギニアール]

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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