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江口渙【えぐち かん】

美術人名辞典

江口渙
小説家・評論家。東京生。本名は渙(きよし)。東大中退。夏目漱石の門に入る。大正元年(1912)処女作「かかり船」で耽美派作家として出発するが、次第に社会主義への関心を強める。昭和2年(1927)日本無産派文芸連盟結成、同5年作家同盟中央委員長となる。昭和50年(1975)歿、87才。

出典:(株)思文閣

デジタル版 日本人名大辞典+Plus

江口渙 えぐち-きよし

出典:講談社
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

江口渙 えぐち-かん
1887-1975 大正-昭和時代の小説家,評論家。
明治20年7月20日生まれ。夏目漱石(そうせき)門にはいり,「労働者誘拐」で注目される。のちマルクス主義に接近,日本プロレタリア作家同盟中央委員長。戦後新日本文学会,日本民主主義文学同盟に参加した。昭和50年1月18日死去。87歳。東京出身。東京帝大中退。本名は渙(きよし)。作品に「花嫁と馬一匹」など。

出典:講談社
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世界大百科事典 第2版

えぐちきよし【江口渙】

出典:株式会社平凡社
Copyright (c) Heibonsha Limited, Publishers, Tokyo. All rights reserved.

日本大百科全書(ニッポニカ)

江口渙
えぐちかん
(1887―1975)
小説家、評論家。東京・麹町(こうじまち)に生まれる。東京帝国大学英文科中退。1914年(大正3)『我等(われら)』の編集に協力、夏目漱石(そうせき)の門に入り芥川龍之介(あくたがわりゅうのすけ)らと親交を結ぶ。17年『児(こ)を殺す話』、翌年『労働者誘拐』を発表して文壇的地位を確立した。のちマルクス主義へ接近、批判的リアリズムをさらに深める一方、プロレタリア文学運動の指導的立場にあって活躍した。第二次世界大戦下には人民戦線の立場を貫く。戦後は新日本文学会、日本民主主義文学同盟の中核として活動した。ほかに評論集『新芸術と新人』(1920)、長編小説『花嫁と馬一匹』(1948~49)、回想記に『わが文学半生記』(1952~57)、『たたかいの作家同盟記』(1965~67)など多数の著書がある。[大塚 博]
『『江口渙自選作品集』全3巻(1972~73・新日本出版社) ▽『わが文学半生記』(青木文庫)』

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
(C)Shogakukan Inc.
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