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波多野精一【はたのせいいち】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

波多野精一
はたのせいいち
[生]1877.7.21. 松本
[没]1950.1.17. 東京
宗教哲学者,哲学史家。 1899年東京大学哲学科卒業。同大学院でケーベルの指導を受け,1904年から2年間ドイツに留学,当時の神学界で革新的な宗教史学派であった A.ハルナック,E.トレルチらの影響を受けた。 17年京都大学教授となり宗教学講座を担当。三木清をはじめ多くの弟子を育て,37年に退官,49年には玉川大学学長に就任している。彼の宗教哲学の特徴は,宗教の対象 (神) を哲学的に考察するのではなく,宗教的信仰の体験を考察の対象とすることで,批判哲学の立場から宗教そのものの本質を反省するところにある。書には,『西洋哲学史要』 (1901) ,『基督教の起源』 (09) ,『宗教哲学の本質及び其の根本問題』 (20) ,波多野宗教哲学の3部作といわれる『宗教哲学』 (35) ,『宗教哲学序説』 (40) ,『時と永遠』 (43) などがある。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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デジタル大辞泉

はたの‐せいいち【波多野精一】
[1877~1950]哲学者長野の生まれ。早大京大教授。ギリシャ哲学・キリスト教思想の原典研究と宗教哲学の体系化に尽くした。著「西洋哲学史要」「宗教哲学」「時と永遠」など。

出典:小学館
監修:松村明
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デジタル版 日本人名大辞典+Plus

波多野精一 はたの-せいいち
1877-1950 明治-昭和時代の哲学者。
明治10年7月21日生まれ。35年植村正久から洗礼をうける。ドイツ留学後,大正6年京都帝大教授。人格主義の立場から宗教哲学をとなえた。昭和22年玉川大学長。学士院会員。昭和25年1月17日死去。72歳。長野県出身。東京帝大卒。著作に「西洋哲学史要」「宗教哲学」「時と永遠」など。
【格言など】吾々は知りつつ生きまた生きつつないし生きることによって何ものかを知る(「宗教哲学序論」)

出典:講談社
(C)Kodansha 2015.
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世界大百科事典 第2版

はたのせいいち【波多野精一】
1877‐1950(明治10‐昭和25)
宗教哲学者。長野県松本に生まれ,第一高等学校を経て東京帝国大学文科大学哲学科を卒業。1900年東京専門学校(のちの早稲田大学)講師となり,その翌年名著《西洋哲学史要》を刊行した。その後母校の講師を経て17年京都帝国大学教授となり,宗教学講座のキリスト教学担当として宗教哲学を歴史的かつ体系的に構築した。《宗教哲学》(1935),《宗教哲学序論》(1940),《時と永遠》(1943)がその三部作。プラトンイデア論が文化の追求たるエロスで終わることを示して,人格宗教をこれに対置させ,カントシュライエルマハーに拠りつつも,人格のとなる宗教体験をアガペによって解釈し,かつアガペの象徴的意義を深くとらえたことに彼の宗教哲学の意義がある。

出典:株式会社平凡社
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大辞林 第三版

はたのせいいち【波多野精一】
1877~1950 哲学者。長野県生まれ。ケーベルに師事。京大で宗教学を講じ、宗教哲学の基礎を築いた。著「西洋哲学史要」「宗教哲学」「時と永遠」など。

出典:三省堂
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日本大百科全書(ニッポニカ)

波多野精一
はたのせいいち
(1877―1950)
哲学者。長野県松本市に生まれる。1899年(明治32)帝国大学文科大学哲学科を恩賜の銀時計を授与されて卒業。在学中はR・ケーベルの指導を受けた。1900年東京専門学校(現、早稲田(わせだ)大学)講師。翌1901年講義録を『西洋哲学史要』として刊行。1902年一番町教会で植村正久(うえむらまさひさ)より受洗。1904年ドイツに留学、ベルリン大学、ハイデルベルク大学に学ぶ。1907年東京帝国大学文科大学講師。1908年講義録を『基督(キリスト)教の起源』として刊行。1909年文学博士。1917年(大正6)京都帝国大学教授。晩年1947年(昭和22)には玉川大学長に推挙された。学者としての波多野の前半生は、西洋古典語の修得を含めた語学を駆使して西洋思想の二つの源流――ギリシア哲学とキリスト教思想――の原典研究にあったが、京都時代には人格主義に立脚する独自の宗教哲学の体系化を課題とするようになり、それは『宗教哲学』(1935)、『宗教哲学序論』(1940)、『時と永遠』(1943)の三部作としてまとめられた。[田代和久]
『『波多野精一全集』全6巻(1968~1969・岩波書店)』

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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精選版 日本国語大辞典

はたの‐せいいち【波多野精一】
哲学者。長野県出身。東京帝大卒。ドイツに留学後、京都帝大教授として宗教学を講じた。玉川大学学長。学士院会員。著「西洋哲学史要」「基督教の起源」「宗教哲学」「時と永遠」など。明治一〇~昭和二五年(一八七七‐一九五〇

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