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津田仙【つだせん】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

津田仙
つだせん
[生]天保8(1837).佐倉
[没]1908.4.24. 横須賀
日本における西洋農学の先駆者。佐倉藩士の家に生れ,蕃書調所に学んで慶応3 (1867) 年渡米,帰国後は築地ホテルに勤めた。 1873年ウィーンの万国博覧会に出張,オーストリアの農学者 D.ホーイブレンクに農学を学び,翌年帰国して『農業三事』を発表,気筒埋没法,樹枝偃曲法,媒助法の三事法を奨励。人工的に花粉交配を助ける媒助法では「津田縄」という用具をつくって販売した。 75年学農社を設立,76年学農社農学校を開校,機関誌『農業雑誌』を発行して西洋農学の導入,普及に努めた。津田梅子はその次女

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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デジタル版 日本人名大辞典+Plus

津田仙 つだ-せん
1837-1908 明治時代の農学者,教育者。
天保(てんぽう)8年7月6日生まれ。下総(しもうさ)佐倉藩(千葉県)藩士小島善右衛門の子。津田梅子の父。幕臣津田栄七の婿養子洋学をまなび,外国奉行支配通弁となる。慶応3年通訳として渡米。明治6年ウィーン万博に参加し西洋農法をまなぶ。学農社農学校をひらき,新農法の普及につくし,また禁酒運動をすすめた。明治41年4月24日死去。72歳。著作に「農業三事」。

出典:講談社
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

世界大百科事典 第2版

つだせん【津田仙】
1837‐1908(天保8‐明治41)
欧米農法の導入者。下総国(千葉県)出身。生家は小島姓。青年時代に蘭学,英学を学ぶ。1861年幕臣津田家の養子となり,外国奉行のもとで通弁御用となる。67年福沢諭吉らとともに幕府特使小野友五郎に随行し渡米。維新後築地ホテルの理事となり,外人用の各種洋菜の導入栽培を始めた。73年オーストリア万国博覧会に派遣され,この際園芸学者D.ホーイブレンクから気筒法,偃曲(えんきよく)法(取木法),媒助法を学び,帰国後これを《農業三事》として出版し数万部を売りさばいた。

出典:株式会社平凡社
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大辞林 第三版

つだせん【津田仙】
1837~1908 農学者。下総国生まれ。「農学三事」を著し、労農舎農学校を設立するなど、西洋農法の普及紹介に努めた。

出典:三省堂
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日本大百科全書(ニッポニカ)

津田仙
つだせん
(1837―1908)
明治初期の西洋農学者。天保(てんぽう)8年7月6日、下総(しもうさ)国(千葉県)佐倉藩士小島善右衛門良親(よしちか)の四男に生まれる。幼名千弥(せんや)、のち仙弥。1851年(嘉永4)桜井家の養子となる。57年(安政4)より江戸に出て蘭(らん)学、英学を学ぶ。61年(文久1)幕臣津田大太郎の婿養子となり、外国奉行(ぶぎょう)通弁に採用される。67年(慶応3)勘定吟味役小野友五郎の随員として福沢諭吉らとともに渡米、西洋農法に感銘を受けて帰国。69年(明治2)築地(つきじ)ホテル館に勤務、71年北海道開拓使嘱託となる。73年ウィーンの万国博覧会に出席、このとき知遇を得たオーストリアの農学者ダニエル・ホイブレンクの説をもとに翌年『農業三事(さんじ)』を著し、花粉媒助などによる米麦の増産法を提唱。大いに喧伝(けんでん)されたが、その効果については当時より賛否があった。75年学農社、76年学農社農学校を設立、同年『農業雑誌』、80年『北海道開拓雑誌』を発刊、西洋農法の普及に努めた。このころキリスト教に入信、青山学院の前身になる学校組織の創設にも関与した。97年以降はいっさいの事業から退き、禁酒・禁煙運動などの社会活動を行った。明治41年4月24日没。女子英学塾(津田塾大学の前身)の創立者津田梅子は仙の次女。[船津 功]
『山崎孝子著『津田梅子』(1962・吉川弘文館)』

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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精選版 日本国語大辞典

つだ‐せん【津田仙】
農学者。下総国(千葉県)佐倉藩士の子。梅子の父。外国奉行通弁から維新後渡米して西洋農法を学び、帰国後、リンゴの栽培、人工交配法などの西洋式農法の普及に努めた。明治八年(一八七五)には学農社を設立。天保八~明治四一年(一八三七‐一九〇八

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