●湯王【とうおう】
ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
湯王
とうおう
Tang-wang; T`ang-wang
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デジタル大辞泉
とう‐おう〔タウワウ〕【湯王】
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世界大百科事典 第2版
とうおう【湯王 Tāng wáng】
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日本大百科全書(ニッポニカ)
湯王
とうおう
生没年不詳。殷(いん)王朝創始の王。始祖、契(せつ)より数えて14世にあたるという。『史記』には成湯、天乙といい、『詩経』には武湯、湯、武王ともいうが、甲骨文では唐、大乙、高祖乙などとよばれている。湯は亳(はく)に都を移し、葛(かつ)、昆吾(こんご)、三(さんそう)を征し、ついに夏(か)を討って桀(けつ)を破り、天子の位についた、という。湯の都したという亳の所在については古来異説が多いが、1983年、河南省偃師(えんし)県西の尸郷溝(しきょうこう)に、殷代初期と推定される城壁が発見された。南北約1700メートル、東西約1200メートル、面積約190万平方メートルの都城址(とじょうし)で、『漢書』地理志の「尸郷、殷湯の都せしところ」など、古文献に多く「西亳」とする地がこれであろうと推測されるに至った。
[松丸道雄]
『中国社会科学院考古研究所河南第二工作隊「偃師商城発掘簡報」(『考古』1984年第六期所収・科学出版社)』
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精選版 日本国語大辞典
とう‐おう タウワウ【湯王】
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旺文社世界史事典 三訂版
湯王
とうおう
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