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源通親【みなもとのみちちか】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

源通親
みなもとのみちちか
[生]久安5(1149)
[没]建仁2(1202).10.21. 京都
鎌倉時代初期の廷臣。内大臣,東宮傅 (とうぐうふ) 。内大臣久我雅通の子。母は八条院女房典薬助藤原行兼の娘。平氏の全盛時代,通親は最初の妻を捨てて平清盛の姪を妻に迎え,清盛の庇護のもとに政界に進出,平氏の追従者として地位の保全をはかっていた。しかし平氏が没落すると後白河法皇に接近し,後鳥羽天皇の乳母であった高倉範子を妻に迎え,院の近臣として活躍,後白河法皇の寵姫丹後局高階栄子と結んで,範子の連れ子在子を後鳥羽天皇後宮に入れ,為仁親王 (のちの土御門天皇 ) が生れると隠然たる勢力をもつようになった。建久6 (1195) 年源頼朝の娘大姫の後鳥羽天皇入内問題によって頼朝に接近し,同7年には親幕派の九条兼実を追放することに成功し,さらに土御門天皇を即位させ,天皇の外祖父,上皇の院司として絶大な権勢を誇り,後鳥羽上皇を中心とする反幕府勢力の拡大育成を意図した。反面和歌にもすぐれ,『新古今和歌集』などに作品が収められている。著書に『高倉院厳島御幸記』『高倉院昇霞記』がある。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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デジタル版 日本人名大辞典+Plus

源通親 みなもとの-みちちか
1149-1202 平安後期-鎌倉時代の公卿(くぎょう)。
久安5年生まれ。源雅通の長男。治承(じしょう)4年(1180)参議。のち正二位,内大臣にいたる。号は久我(こが),土御門(つちみかど)。後白河・後鳥羽(ごとば)院政で活躍。建久7年(1196)親幕派の九条兼実(かねざね)を失脚させ,養女在子が生んだ土御門天皇の外祖父として権勢をふるった。文,和歌にもすぐれた。建仁(けんにん)2年10月21日死去。54歳。贈従一位。著作に「高倉院厳島御幸記」など。

出典:講談社
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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

世界大百科事典 第2版

みなもとのみちちか【源通親】
1149‐1202(久安5‐建仁2)
平安末~鎌倉前期の宮廷政治家。正二位内大臣にまで進み,土御門(久我)内大臣と号す。村上源氏久我雅通の長子。母は美福門院(または八条院)女房,典薬助藤原行兼の娘。はじめ花山院忠雅の娘を妻としたが,仁安・嘉応(1166‐71)ころ平教盛の娘をめとり,全盛期の平氏後援をたのんで政界に進出。また高倉天皇近臣として重きをなしたが,平氏の西走(1183)後は後鳥羽天皇の乳母高倉範子を室に迎えるなどして政治的立場の更新をはかり,後白河法皇近臣の列に加わった。

出典:株式会社平凡社
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日本大百科全書(ニッポニカ)

源通親
みなもとのみちちか
(1149―1202)

鎌倉初期の公卿(くぎょう)。源雅通(まさみち)の子。土御門(つちみかど)を称した。六波羅(ろくはら)時代に、平氏との間に婚姻を通じて政治家としての地歩を築き、また高倉(たかくら)天皇の近臣として重んぜられた。しかし平氏の都落ちに際しては、これを離れて後白河(ごしらかわ)院のもとにとどまり、その近臣としてしだいに勢力を得た。また新興の関東政権とも連携して宮廷での地歩確保に努め、関白(かんぱく)九条兼実(かねざね)の執政と対立した。1196年(建久7)近衛(このえ)家を擁して九条家を失脚させ、事実上政権を独占する勢いを示した。やがて後鳥羽(ごとば)天皇が上皇として院政をみるや、院の意を迎えて、いよいよその権勢を固めた。院の別荘水無瀬殿(みなせどの)は通親の造営するところである。またその養女在子を院の後宮(こうきゅう)に入れ、その皇子が即位する(土御門天皇)に及び、通親は外戚(がいせき)として威を振るい、父祖を超えて内大臣となり、鎌倉時代の土御門家繁栄の基がここに築かれた。彼は和歌・文章に巧みで、『高倉院升遐記(しょうかき)』『高倉院御幸記』の和文の著があり、後鳥羽院の近臣源家長(いえなが)の『家長日記』にはとくに歌人として高く評価されている。

[多賀宗隼]

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精選版 日本国語大辞典

みなもと‐の‐みちちか【源通親】
平安末期・鎌倉初期の廷臣、歌人。村上源氏の出。内大臣久我雅通の長男。平清盛、後白河法皇などと結び、朝廷の要職を歴任。鎌倉幕府に対抗して、後鳥羽天皇譲位を行ない、院政を助けた。歌は六条季経に学び、「千載集」以下の勅撰集に二九首ほど入集。著に「高倉院厳島御幸記」「高倉院升遐記」など。久安五~建仁二年(一一四九‐一二〇二

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デジタル大辞泉

みなもと‐の‐みちちか【源通親】

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旺文社日本史事典 三訂版

源通親
みなもとのみちちか

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