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為永春水【ためながしゅんすい】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

為永春水
ためながしゅんすい
[生]寛政2(1790).江戸
[没]天保14(1843).12.22. 江戸
江戸時代後期の人情本作者。本名鷦鷯 (ささき。佐々木) 貞高。別号,狂訓亭,金竜山人。初め小書肆を経営,青林堂越前屋長次郎と称した。また講釈師為永正輔と名のって高座にのぼった。戯作にも志し,式亭三馬に入門,三鷺あるいは2代目振鷺亭主人と称し,滑稽本,読本を書いた。文政4 (1821) 年処女作『明烏後正夢 (あけがらすのちのまさゆめ) 』初編を出版。同 12年から為永春水と改号。『春色梅児誉美 (しゅんしょくうめごよみ) 』が大いに当り,みずからの中本を人情本と称し,「東都人情本の元祖」と自称。天保の人情本界第一人者となり,多数の門人を集めたが,天保改革による取締りで天保 13 (42) 年手鎖に処せられた。ほかに『春色辰巳園 (たつみのその) 』 (33~35) ,『花名所懐中暦』 (36) ,『風月花情春告鳥』 (36) など。

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デジタル大辞泉

ためなが‐しゅんすい【為永春水】
[1790~1844]江戸後期の人情本作者。江戸の人。本名、鷦鷯貞高(ささきさだたか)。号、2世南仙笑楚満人・狂訓亭主人など。式亭三馬弟子となり、江戸の町人生活や男女の情痴世界を描いて人情本の形式を確立天保の改革風紀を乱したとして手鎖の刑を受け、憂悶(ゆうもん)のうちに病没春色梅児誉美(しゅんしょくうめごよみ)」「春色辰巳園」「春告鳥」など。

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世界大百科事典 第2版

ためながしゅんすい【為永春水】
1790‐1843(寛政2‐天保14)
江戸後期の人情本作者。本名は鷦鷯(ささき)(佐々木)貞高,通称は越前屋長次郎。2代目振鷺亭(しんろてい)主人,三鷺(さんろ),2世南仙笑楚満人(なんせんしようそまひと),狂訓亭主人,金竜山人とも号し,講釈師として為永正輔(),為永金竜を名のった。江戸の町家の出身らしいが前半生の経歴は明らかでない。文化(1804‐18)末年ごろから書肆青林堂を経営するかたわら,振鷺亭,柳亭種彦,式亭三馬に入門,1819年(文政2)に処女作の人情本《明烏後正夢(あけがらすのちのまさゆめ)》初編を発表,次々に作品を世に送り,27年ごろには人情本作者としての地位を確立した。

出典:株式会社平凡社
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日本大百科全書(ニッポニカ)

為永春水
ためながしゅんすい
(1790―1843)

江戸後期の人情本作家。本名鷦鷯(ささき)(佐々木)貞高(さだたか)。通称越前屋長次郎(えちぜんやちょうじろう)。2代目振鷺亭主人(しんろていしゅじん)、三鷺(さんろ)、2世南仙笑楚満人(なんせんしょうそまひと)、狂訓亭(きょうくんてい)主人、金竜(きんりゅう)山人などとも号し、講釈師として為永正輔(しょうすけ)、為永金竜という。江戸の町家の出身らしいが、前半生の経歴は不明。

 文化(ぶんか)(1804~18)末年ごろから書肆(しょし)青林堂を経営し、かたわら戯作者(げさくしゃ)を望んで振鷺亭、柳亭種彦(りゅうていたねひこ)、式亭三馬(しきていさんば)に次々と入門し、1819年(文政2)処女作『明烏後正夢(あけがらすのちのまさゆめ)』を出版した(文政4年の説あり。この年2世南仙笑楚満人を号す)。以後、書肆経営上次々と人情本を発表して戯作者の位置を固めるが、この時期の作品はすべて友人・門人たちとの合作であり、多くは戯作者志望の文学青年らの草稿を、書肆の立場で利用したものが多い。29年為永春水を名のるが、同年3月火災で青林堂を失い、門人らが多く離反、独立した戯作者としてたつために、苦心のすえ、32年(天保3)『春色梅児誉美(しゅんしょくうめごよみ)』初・2編を発表した(翌年全4編完結)。人情本の代表作とされるもので、読者の熱狂的歓迎を受け、春水は「江戸人情本の元祖」を誇称し、一躍文壇の第一線にたった。

 以後、春水は書肆の要請にこたえて、『春色辰巳園(しゅんしょくたつみのその)』以下の『春色梅児誉美』の続編をはじめ、『春告鳥(はるつげどり)』など多数の作品を発表するが、人情本が青年男女、とりわけて婦女子を読者とする小説であったために、人情を描くと称してひたすら愛欲を追求し、ふたたび新しい門人たちとの合作という形をとった。ただ、合作という形をとったことが、場面を積み重ねてゆく春水人情本独特の主情的リアリズム、いわゆる「為永流」の作風を生み、彼の人情本を独特の風俗小説たらしめている。天保(てんぽう)の改革に際し、その作品が風俗に害があるとの理由で手鎖50日の刑を受けるが、彼の作品の風俗描写は明治の硯友社(けんゆうしゃ)の文学に大きい影響を与えている。読本(よみほん)・合巻の作もあるが、これはいうに足りない。天保14年12月22日没。墓は妙善寺(東京都世田谷(せたがや)区北烏山(からすやま))にある。

[神保五彌]

『「人情本について」「為永春水研究」(『山口剛著作集 4』所収・1972・中央公論社)』『「為永春水小論」「為永春水の手法」(『中村幸彦著述集 6』所収・1982・中央公論社)』

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精選版 日本国語大辞典

ためなが‐しゅんすい【為永春水】
江戸後期の戯作者。江戸の人。通称越前屋長次郎。青林堂という本屋を業とするかたわら戯作にも筆を染め、二世南仙笑楚満人の筆名で「明烏後正夢」を滝亭鯉丈(りゅうていりじょう)と合作刊行。以後次々と作品を書き人情本の第一人者として活躍した。天保の改革の際、風俗壊乱の理由で処罰され、憂悶のうちに病没。著に「春色梅児誉美」「春告鳥」など。寛政二~天保一四年(一七九〇‐一八四三

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旺文社日本史事典 三訂版

為永春水
ためながしゅんすい
1790〜1843
江戸後期の人情本作者
本名鷦鷯 (ささき) (または佐々木)貞高,通称越前屋長次郎,号は金竜山人・狂訓亭主人など多数。江戸の人。式亭三馬に入門,『春色梅児誉美 (しゆんしよくうめごよみ) 』を書いて好評を博し,人情本の先駆となった。そのほか多くの著書がある。天保の改革で風俗を乱した罪により処罰された。

出典:旺文社日本史事典 三訂版
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