@niftyトップ

辞書、事典、用語解説などを検索できる無料サービスです。

牛李の党争【ぎゅうりのとうそう】

世界大百科事典 第2版

ぎゅうりのとうそう【牛李の党争】

出典:株式会社平凡社
Copyright (c) Heibonsha Limited, Publishers, Tokyo. All rights reserved.

日本大百科全書(ニッポニカ)

牛李の党争
ぎゅうりのとうそう

中国、9世紀前半、唐朝の支配官僚層の内部で闘われた党派争い。初め、牛李は牛僧孺(そうじゅ)、李宗閔(そうびん)の一党を意味したが、後世では牛僧孺と李徳裕(とくゆう)両派の頭目の姓をとって派閥争いをよぶのに用いられる。李徳裕の父の宰相李吉甫(きつほ)が、制挙に際して時政を鋭く批判した牛僧孺、李宗閔らの登用を阻んだことがきっかけで、約40年間にわたって多数の官僚を巻き込む大党争に発展した。そのため皇帝文宗が「河北の賊(中央に頑強に抵抗した河北地方の軍閥)を去るは易(やす)く、朝中の朋党(ほうとう)を去るは難し」と嘆じたほどであった。現代の歴史家陳寅恪(ちんいんかく)は、李党を儒教的教養を尊ぶ貴族派、牛党を文芸に長ずる新興階級とみなしたが、実際は両派の社会階層や出身背景は入り交じっている。政策面では、牛党が現状維持と和平論に傾いたのに対し、李党はむしろ改革推進、対外強硬論であった。

[池田 温]

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

牛李の党争」の用語解説はコトバンクが提供しています。

牛李の党争の関連情報

他サービスで検索

(C)The Asahi Shimbun Company /VOYAGE MARKETING, Inc. All rights reserved.
No reproduction or republication without written permission.

アット・ニフティトップページへ アット・ニフティ会員に登録

ウェブサイトの利用について | 個人情報保護ポリシー
©NIFTY Corporation