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【すき】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典


すき
畜力を利用して,田畑耕起するのに用いられる農具。古代エジプト,メソポタミアで古くから使用された。中国ではすでに春秋時代 (前 770~404) に犂に類するものが存在していた。日本では犂耕 (りこう) は遅れ,中国または朝鮮から伝来するまで人力によるによって耕起されていた。犂先は青銅およびでつくられ,木製の湾曲した長い柄をつけて,おもに牛に引かせて使用していた。現在,残っているのは改良された短床犂である。

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世界大百科事典 第2版

り【犂】

出典:株式会社平凡社
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日本大百科全書(ニッポニカ)


すき

畜力により田畑を耕うんする農具で、昔は加良須岐(からすき)などとよばれていたことなどから、中国または朝鮮から伝来したものであろうと考えられている。外国のプラウに対して和犂(わり)といわれる。犂の操作は熟練を要し、使いこなすまでには十分な技能の伝習を受けなければならなかったため、明治前期までは一部の地方にとどまり、全国的には普及していなかった。とくに東北地方は馬の産地であるにもかかわらず、まったく用いられていなかった。1876年(明治9)ごろより福岡県、熊本県から馬耕(ばこう)教師が各地方に派遣され、全国的に普及し始めた。犂が現在の短床犂(たんしょうり)の形状までに整ったのは、全国的に普及し始めた明治中期以後の改良によるものである。

 構造は、土壌を掘り起こす楔(くさび)に相当する犂体(りたい)すなわち犂先、へら、犂床(りしょう)、おいたてと牽引(けんいん)部のねりぎ、はずななどからできている。犂の耕うん作用は、犂先、へら、床で形成される楔により土壌を切断し、へらに沿ってずり上げ、へらの螺旋(らせん)面によって側方へ導き反転させる。

[小林 正]

種類

犂の種類は多く、その分類も多くの人によってなされている。犂床の長さによる分類では無床(むしょう)犂、長床犂、短床犂の三つに分けられている。無床犂は床がないとみられるもので、土との摩擦抵抗が少なく土中に深く刺さり、深耕(しんこう)に適するが反転性はよくない。また安定性がきわめて悪く操作には熟練を要する。九州地方の抱え持つたて犂、隠岐(おき)犂、五島(ごとう)犂などはこの種で、九州をはじめ山陰、北陸、関東の各地に普及していた。

 長床犂は犂床が長いもので、安定性がよく操作も容易であるが、土との摩擦抵抗が大で、深さ10センチメートル以上の耕うんは困難である。

 短床犂は、無床犂の抵抗が少なく深く耕うんできる性質と、長床犂の操作上の安定性をあわせもつ改良犂で、床の長さは30センチメートル内外である。反転も良好で深耕、うね立て耕にも適し、全国的にもっとも普及した犂である。反転の方向による分類では、反転方向が一方に限定された犂が単用犂、左右いずれの方向にも反転できる機構をもっているものが双用犂とよばれる。

 用途別による分類では平耕(ひらおこ)し用犂、うね立て耕用犂に分類されている。そのほか土壌を2層に分けて耕うんする二段耕犂(にだんこうり)などがある。近年わが国はトラクターが普及して畜力利用はほとんどなくなったが、小型トラクター用の犂は基本的には畜力用犂と大差はない。牽引方法、牽引力の違いなどにより、牽引部の形状、材質などは違っているが、その原型は短床犂そのものである。

[小林 正]

歴史

麦類の発生地とされる中近東の犂は、撥土(はつど)板をもたぬ軽い彎轅犂(わんえんり)で、二頭引きの連畜犂もまれでなかった。エジプトでは紀元前2500年ごろに犂が使用されたが、西ヨーロッパに伝わってから、撥土板を備えた大型のゲルマン犂(すき)となり、有輪犂(すき)の創造、牽引(けんいん)家畜の牛から馬への転換、牽引頭数の増加などの傾向をたどり、ロシアに対犂(すき)の発達をみた。インド犂(すき)は無床犂(り)で、その形は彎轅犂の系譜を引くと考えられる。前1200年ごろの『リグ・ベーダ』にも記され、東南アジア一帯に伝播(でんぱ)してマレー犂(すき)を派生した。

 中国犂(すき)は、長い床と柄(え)・轅(えん)・轅柱(えんちゅう)で枠形に組み立てられた東アジア独特の形態の犂である。中国における犂耕(りこう)の開始は、春秋時代(前770~前402)の後半とされており、とくに撥土板が漢代から発達し、曲面をとる形態のために砕土・攪拌(かくはん)に威力を発揮した。

 日本の犂は、カラスキ(唐犂)とよばれるように、大陸の犂が伝播したもので、『倭名類聚抄(わみょうるいじゅしょう)』によれば、耒底(いさり)(犂床)・鐴(へら)(撥土板)を備えた長床犂(ちょうしょうり)と推定される。古く律令(りつりょう)国家の直接管理下にある耕地や富農層の田に使用されたが、それが東日本に普及するのは幕末・明治以降であった。長床犂は広く用いられたが、土壌抵抗が大きく深耕に適さないために無床犂の発達をみた。福岡県地方の抱持立犂(かかえもつたてすき)や短床犂(たんしょうり)系の肥後犂(すき)は性能が優れ、明治になって馬耕教師の派遣に伴い全国に普及したが、明治30年代以降、改良短床犂の発達をみた。

[木下 忠]

『E・ヴェルト著、藪内芳彦・飯沼二郎訳『農業文化の起源』(1968・岩波書店)』『大日本農会編『日本の鎌・鍬・犂』(1979・農政調査委員会)』『嵐嘉一著『犂耕の発達史』(1977・農山漁村文化協会)』

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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