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狩野正信【かのう まさのぶ】

美術人名辞典

狩野正信
室町後期の画家。伊豆生。狩野派通称は四郎次郎、のち大炊助と改める。は性玄。若くして画名を上げ、周文のあとを受けて足利将軍家の御用絵師となる。漢画の日本化に大きな功績があった。代表作に「崖下布袋図」がある。天文19年(1550)歿、97才。

出典:(株)思文閣

デジタル大辞泉

かのう‐まさのぶ【狩野正信】
[1434~1530]室町中期の画家。伊豆の人。狩野派の祖。師の宗湛(そうたん)の跡を継いで室町幕府の御用絵師となり、水墨画を中心とする漢画大和絵を使い分け、その現実的で平明な画風が好まれて、狩野派の基礎を築いた。

出典:小学館
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デジタル版 日本人名大辞典+Plus

狩野正信 かのう-まさのぶ
1434-1530 室町-戦国時代の画家。
永享6年生まれ。狩野派の祖。足利義政にみとめられ,小栗宗湛(そうたん)の跡をついで室町幕府の御用絵師となる。相国寺雲頂院,東山山荘などに障壁画をえがく。山水画,肖像画,仏画など幅ひろく制作した。法橋(ほっきょう)。享禄(きょうろく)3年7月9日死去。97歳。通称は四郎次郎,大炊助。号は性玄,祐勢。作品に「周茂叔愛蓮(しゅうもしゅくあいれん)図」「崖下布袋(ほてい)図」など。

出典:講談社
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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

世界大百科事典 第2版

かのうまさのぶ【狩野正信】
1434ころ‐1530ころ(永享6ころ‐享禄3ころ)
室町中期の画家。大炊助(おおいのすけ),越前守また法橋となる。号は性玄。正信以来,狩野家が専門画家の道を歩むようになり,狩野派の祖とされる。武家の出身で幕府御用絵師の小栗宗湛に学んだとされるが不明。正信の名が記録に現れるのは1463年(寛正4)の相国寺雲頂院での壁画制作を伝える《蔭涼軒日録》の記事が最初で,のちしだいに幕府の御用絵師の役割を務めるようになり,足利義政や義尚の肖像を手がけたことなど,96年(明応5)までの活躍が知られる。

出典:株式会社平凡社
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大辞林 第三版

かのうまさのぶ【狩野正信】
1434~1530 室町中期の画家。別名、鹿野性玄かのうせいげん。号、祐勢ゆうせい。元信の父。小栗宗湛そうたんに師事して室町幕府の御用絵師となり、狩野派の基礎をつくる。代表作「周茂叔愛蓮図しゆうもしゆくあいれんず」「崖下布袋図」など。

出典:三省堂
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

狩野正信
かのうまさのぶ
[生]永享6(1434)
[没]享禄3(1530)
室町時代中期の画家。狩野派の始祖。今川氏の家臣で画技に長じた狩野景信の子と伝えられるが,出自には不明な点が多い。初め性玄,のち大炊助,越前守と称し,法橋,法眼に昇叙。絵の師は小栗宗湛とする説が有力。正信は法華宗徒であったが季瓊真蘂 (きけいしんずい) らの知己を得て,寛正4 (1463) 年,相国寺雲頂院昭堂の壁画を制作するなど禅家にも用いられた。宗湛死後は室町幕府御用絵師となり,文明 15 (83) ~18年に,足利義政の東山山荘とその持仏堂に『瀟湘八景図』『十僧図』などの障壁画を描いた。遺品は国宝『周茂叔愛蓮図』,『竹石白鶴図屏風』 (真珠庵) ,『崖下布袋図』など数点に限られるが,多数の肖像画,仏画,障壁画のほか,工芸的な分野にも幅広く活躍したことが記録から知られる。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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日本大百科全書(ニッポニカ)

狩野正信
かのうまさのぶ
(1434―1530)
室町中期の画家。狩野派の始祖。その名前が記録に現れる最初は、1463年(寛正4)相国寺雲頂院昭堂壁画の制作で、やがて小栗宗湛(おぐりそうたん)の後を継いで幕府の御用絵師となったと推定される。83年(文明15)には足利義政(あしかがよしまさ)の東山殿常御所の障子に『瀟湘(しょうしょう)八景・耕作図』を描いたのをはじめ、義政に重用され、東求堂(とうぐどう)に『十僧図』(1485)、『涅槃(ねはん)図』(1487)などを制作したことも知られ、幕府関係の絵事を中心に活躍した。日蓮(にちれん)宗の信者でありながら、禅林ととりわけ関係深い水墨画法をよくし、さらには大和絵(やまとえ)の画技にも通暁するなど、やがて子元信によって達成されることとなる近世絵画への基礎を築いた。『周茂叔愛蓮(しゅうもしゅくあいれん)図』『布袋(ほてい)図』『山水人物図』などがその代表作である。[榊原 悟]
『山岡泰造著『日本美術絵画全集7 狩野正信・元信』(1981・集英社)』

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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精選版 日本国語大辞典

かのう‐まさのぶ【狩野正信】
室町後期の画家。伊豆の人。狩野派の始祖。法名性玄。周文、または宗湛に学んだという。足利家の御用絵師をつとめ、仏画、肖像画などを制作。当時画僧の多くが中国画の様式を忠実に追う傾向にあきたらず、日本人の感覚を生かした画風の興隆に心がけた。法橋に叙せられた。作品「瀟湘八景図障子絵」「周茂叔図」など。永享六~享祿三年(一四三四‐一五三〇

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旺文社日本史事典 三訂版

狩野正信
かのうまさのぶ
1434〜1530
室町中期の画家。狩野派の始祖
伊豆の人。武家出身。画法を小栗宗湛に学び,足利将軍家の絵師となる。それまでの宋元画風の唐絵から脱して日本的唐絵をつくり,狩野派の基礎を確立した。代表作に『周茂叔愛蓮図』『崖下布袋図 (がいかほていず) 』など。

出典:旺文社日本史事典 三訂版
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