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王仁【わに】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

王仁
わに
古代の百済系の渡来人。『古事記』には和邇吉師(わにきし)と記される。記紀などの伝承によれば,応神天皇のとき,百済王が阿直岐をつかわしてウマ 2頭を貢上した。阿直岐は経典に通じ,皇太子菟道稚郎子の師となったが,自分より秀でた者として王仁を推挙した。王仁は,冶工,醸酒人,呉服師を率いて来朝,『論語』(10),『千字文』(1巻)を献上し,菟道稚郎子の師となった。その後,履中天皇のときに,官物を収納する内蔵が建てられると,阿知使主とともに出納の事務を取り扱ったという。子孫河内国古市のあたりに居住して西文首(かわちのふみのおびと)と称し,東文直(やまとのふみのあたえ)とともに文筆,記録に関することで朝廷に仕えた。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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デジタル大辞泉

わに【王仁】
古代、百済(くだら)から渡来した学者応神天皇のときに「論語」「千字文(せんじもん)」を伝えたとされ、西文氏(かわちのふみうじ)といわれる。生没年未詳。

出典:小学館
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デジタル版 日本人名大辞典+Plus

王仁 わに
「日本書紀」にみえる百済(くだら)(朝鮮)の学者。
応神天皇のとき阿直岐(あちき)の推薦によって渡来し,太子菟道稚郎子(うじのわきいらつこ)の師となったという。西文(かわちのふみ)氏の祖とされる。「古事記」には和邇吉師(わにきし)とあり,「論語」「千字文」をもたらしたとある。

出典:講談社
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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

世界大百科事典 第2版

わに【王仁】
帰化系氏族の西文(河内書)(かわちのふみ)氏の祖と伝える人物。《日本書紀》によると,応神天皇のときに百済王が阿直岐(あちき)という者を遣わして良馬2匹を献上したが,阿直岐がよく経典を読んだので,汝に勝る博士がいるかと問うと,王仁という者がいると答えた。そこで人を遣わして召すと来朝したので,太子の菟道稚郎子(うじのわきいらつこ)がこれに諸典籍を学んだという。《古事記》では和邇吉師(わにきし)と書き,このとき《論語》10巻,《千字文》1巻を持ってきたとしている。

出典:株式会社平凡社
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日本大百科全書(ニッポニカ)

王仁
わに

生没年不詳。古代の渡来人。和邇吉師(わににきし)ともいう。『古事記』『日本書紀』には、応神(おうじん)天皇のとき百済(くだら)王が王仁に『論語』10巻、『千字文』一巻をつけて貢進したとある。王仁は高句麗(こうくり)に滅ぼされた楽浪(らくろう)郡の漢人系統の学者らしく、朝廷の文筆に従事した西文首(かわちのふみのおびと)の祖とされている。一族は河内(かわち)の古市(ふるいち)(大阪府羽曳野(はびきの)市)に居住し、文字の使用、普及に貢献した。王仁は王氏との関係が考えられ、欽明(きんめい)・敏達(びだつ)朝に活躍した王辰爾(おうしんじ)もその後裔(こうえい)である。王の姓は楽浪出土の印章、漆器、塼(せん)、封泥(ふうでい)、墓壁銘などに多く記されており、楽浪郡の有力豪族であったことが知られる。『論語』『千字文』は基本的な典籍として用いられ、王仁は学問の祖とされた。

[志田諄一]

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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精選版 日本国語大辞典

わに【王仁】
応神天皇のとき、百済から呼びよせたとされる渡来人。「古事記」に「論語」「千字文」をもたらしたこと、「応神紀」に太子道稚郎子が師としたことが見え、書首(ふみのおびと)らの祖とされる。

出典:精選版 日本国語大辞典
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旺文社日本史事典 三訂版

王仁
わに
生没年不詳
古代,百済 (くだら) から渡来した博士
漢の王室の子孫と称す。『日本書紀』によると応神天皇時代に来朝,『論語』10巻,『千字文』1巻を献上したことを記す。皇子菟道稚郎子 (うじのわきいらつこ) に学問を教えたという。子孫は西文氏 (かわちのふみうじ) で,東漢氏 (やまとのあやうじ) とともに斎蔵 (いみくら) ・内蔵 (うちくら) の出納事務を担当。長く大和政権の記録に従事した。

出典:旺文社日本史事典 三訂版
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