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瑞渓周鳳【ズイケイシュウホウ】

デジタル大辞泉

ずいけい‐しゅうほう〔‐シウホウ〕【瑞渓周鳳】
[1392~1473]室町中期の臨済宗和泉(いずみ)の人。号、臥雲(がうん)山人。南都華厳を学び、景徳寺等持寺相国寺に歴住。のち、鹿苑院(ろくおんいん)塔主となった。足利義政信任を受け、外交文書を作成。編著善隣国宝記」、日記「臥雲日件録」など。諡号(しごう)、興明教禅師。

出典:小学館
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デジタル版 日本人名大辞典+Plus

瑞渓周鳳 ずいけい-しゅうほう
1392*-1473 室町時代の僧。
明徳2=元中8年12月8日生まれ。臨済(りんざい)宗。無求周伸の法をつぐ。京都相国寺(しょうこくじ)住持となる。将軍足利義教(よしのり)・義政の信任をえて3度鹿苑院主,僧録をつとめる。明(みん)(中国)への国書の起草もおこなった。文明5年5月8日死去。83歳。和泉(いずみ)(大阪府)出身。俗姓。諡号(しごう)は興宗明教禅師。別号に臥雲(がうん)山人。著作に外交文書集「善隣国宝記」など。

出典:講談社
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世界大百科事典 第2版

ずいけいしゅうほう【瑞渓周鳳】
1391‐1473(元中8∥明徳2‐文明5)
室町中期の臨済宗の僧。臥雲山人羊僧,竹郷子,刻楮子等の号がある。諡号(しごう)は興宗明教禅師。和泉国堺に生まれ,1405年(応永12)に相国寺の無求周伸により受戒し,天竜寺に属した。その後,景徳寺・等持寺の住持を歴任し,38年(永享10)には関東公方足利持氏と上杉憲実対立を将軍足利義教の使として調停した。41年(嘉吉1),相国寺に移り,46‐47年,56‐60年,67‐73年の3度にわたり僧録司(鹿苑院主)を務めた。

出典:株式会社平凡社
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日本大百科全書(ニッポニカ)

瑞渓周鳳
ずいけいしゅうほう
(1391―1473)

室町中期の臨済(りんざい)宗の僧。代表的五山文学僧。臥雲山人(がうんさんじん)、刻楮子(こくちょし)などと称した。和泉(いずみ)(大阪府)の堺(さかい)の人。相国(しょうこく)寺の無求周伸(むきゅうしゅうしん)に参じ、その法を嗣(つ)いだ。無求の寂後、厳中周噩(げんちゅうしゅうがく)(1359―1428)、天章澄彧(てんしょうちょういく)(1379―?)、惟肖得巌(いしょうとくがん)らに師事し、五山文学を学ぶ一方、等持(とうじ)寺、相国寺に住し、上杉禅秀(ぜんしゅう)(氏憲(うじのり))の乱(1416~1417)の調停や、三たび僧録司(そうろくし)に任じて禅宗界を統率するなど、政治的才腕を振るった。とくに義堂周信(ぎどうしゅうしん)、絶海中津(ぜっかいちゅうしん)以来の五山学芸を集大成した功績は大きい。文明(ぶんめい)5年6月24日、83歳で示寂。興宗明教(こうしゅうめいきょう)禅師と勅諡(ちょくし)された。抄物(しょうもの)『刻楮』200巻のほか、日録『臥雲日件録(がうんにっけんろく)』、外交文書の作例集『善隣国宝記(ぜんりんこくほうき)』、詩文集『臥雲稿(がうんこう)』『竹郷集(ちくごうしゅう)』など多数。門下からは横川(おうせん)、綿谷(めんこく)(1405―1472)、桃源(とうげん)(1430―1489)などの文学僧が輩出した。

[藤岡大拙 2017年8月21日]

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367日誕生日大事典

瑞渓周鳳 (ずいけいしゅうほう)
生年月日:1391年12月8日
室町時代の臨済宗の僧
1473年没

出典:日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」
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精選版 日本国語大辞典

ずいけい‐しゅうほう ‥シウホウ【瑞渓周鳳】
室町時代中期の臨済宗の僧。号は臥雲山人など。堺の人。足利義教・義政の尊信を得て景徳寺・相国寺などに住し、鹿苑院に移って僧録司となる。幕府の外交に参与し、外交資料集の「善隣国宝記」を編集し、詩文集「臥雲稿」、日記「臥雲日件録」などを著す。明徳二~文明五年(一三九一‐一四七三

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