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生江東人【いくえの あずまひと】

デジタル版 日本人名大辞典+Plus

生江東人 いくえの-あずまひと
?-? 奈良時代の豪族。
越前(えちぜん)(福井県)足羽(あすわ)郡の人か。天平感宝(てんぴょうかんぽう)元年(749)造東大寺司史生(ししょう)として僧平栄と越前赴任,寺領荘園を定めた。足羽郡の大領(郡司)となり,桑原荘の経営に参加。

出典:講談社
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

世界大百科事典 第2版

いくえのあずまひと【生江東人】
奈良時代の豪族,官人。生没年不詳。越前国足羽郡の人か。749年(天平勝宝1)5月大初位上,造東大寺司の史生として,東大寺の野占寺使となり越前に赴き同寺領荘園の占定を行った。のち754年2月には寺家の田使曾禰乙麻呂らとともに同国坂井郡桑原荘の経営に参画するなど,東大寺領諸荘園の経営に大きな役割を果たした。時に足羽郡大領の地位にあったが,同郡では749年当時の大領として生江安麻呂がいたので,生江氏は同郡の伝統的豪族であったと考えられる。

出典:株式会社平凡社
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日本大百科全書(ニッポニカ)

生江東人
いくえのあずまひと

生没年不詳。奈良時代の地方豪族。越前(えちぜん)国(福井県)足羽(あすわ)郡の出身か。造東大寺司史生(ししょう)から、のちに足羽郡の大領(たいりょう)(郡司)。東大寺大仏の造立のころ、同寺はその財政維持のため多くの荘園(しょうえん)を成立させた。北陸三国(越前、越中(えっちゅう)、越後(えちご))にとくに集中している。749年(天平勝宝1)寺家野占寺使(じけやせんじし)の法師平栄(へいえい)らとともに北陸に派遣され、土地の占定にあたった。当時の越中守(えっちゅうのかみ)大伴家持(おおとものやかもち)は歓迎の宴を開いている。東人の起用は、出身地である点と、彼の現地での有力土豪としての資力と労働力編成の力量を勘案したうえでのことであろう。彼の財力によってできた桑原(くわばら)荘は著名。

[渡辺正樹]

『朝尾直弘他編『岩波講座 日本歴史3』(1976・岩波書店)』『工藤敬一著『荘園の人々』(教育社歴史新書)』

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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