@niftyトップ

辞書、事典、用語解説などを検索できる無料サービスです。

田辺【タナベ】

デジタル大辞泉

たなべ【田辺】[和歌山県の市]
和歌山県南部の市。熊野参詣の交通の要地として、紀州藩家老安藤氏の城下町を中心に発展。田辺湾北側の天神崎は日本のナショナルトラスト運動の先駆として知られる。平成17年(2005)5月、龍神村、中辺路(なかへち)町、大塔村、本宮(ほんぐう)町と合併し、熊野本宮大社市域に含まれる。人口7.9万(2010)。

出典:小学館
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:田中牧郎、曽根脩
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

たなべ【田辺】[京都府の旧町名]
京都府南部、綴喜(つづき)郡にあった旧町名。平成9年(1997)市制施行して京田辺市となった。

出典:小学館
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:田中牧郎、曽根脩
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

たなべ【田辺】[姓氏]

出典:小学館
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:田中牧郎、曽根脩
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

大辞林 第三版

たなべ【田辺】
和歌山県中部にある市。製材のほか、田辺湾に臨む漁港で水産加工が盛ん。古くは牟婁津むろのつと呼ばれ、海上交通および熊野街道の要地として栄えた。

出典:三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

たなべ【田辺】
姓氏の一。

出典:三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

日本大百科全書(ニッポニカ)

田辺
たなべ
京都府南西部、綴喜(つづき)郡にあった旧町名(田辺町(ちょう))。1997年(平成9)名称変更して市制施行、京田辺市となる。[編集部]

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

精選版 日本国語大辞典

たなべ【田辺】
[一] 和歌山県南西部の地名。紀伊水道の田辺湾に臨む。古くから牟婁津(むろのつ)と呼ばれた港町であり、熊野街道の要所として発展。漁業のほか、製材と木材加工、ボタン、かまぼこの製造がさかん。昭和一七年(一九四二)市制。
[二] 京都府舞鶴市の中心の一つ、西舞鶴の旧称。旧加佐郡舞鶴町。舞鶴湾の湾奥(西港)にある港町で、江戸時代は牧野氏三万五千石の城下町として発達。
[三] 京都府南部、木津川中流の西岸の地名。一休が再興した酬恩庵(一休寺)があり、一休の墓もある。JR片町線(学研都市線)、近鉄京都線が通じる。平成九年(一九九七)市制施行し、京田辺市となる。

出典:精選版 日本国語大辞典
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

田辺」の用語解説はコトバンクが提供しています。

田辺の関連情報

他サービスで検索

(C)The Asahi Shimbun Company /VOYAGE MARKETING, Inc. All rights reserved.
No reproduction or republication without written permission.

アット・ニフティトップページへ アット・ニフティ会員に登録

ウェブサイトの利用について | 個人情報保護ポリシー
©NIFTY Corporation