●画工司【えだくみのつかさ】
ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
画工司
えだくみのつかさ
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デジタル大辞泉
えだくみ‐の‐つかさ〔ヱだくみ‐〕【▽画▽工▽司】
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世界大百科事典 第2版
えだくみのつかさ【画工司】
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日本大百科全書(ニッポニカ)
画工司
えだくみのつかさ
奈良時代、寺院の建築装飾や仏画の制作に従事する画師(えし)たちの勤務する役所のことで、701年(大宝1)に公布された大宝令(たいほうりょう)以来中務(なかつかさ)省に属し定められていた。職員令(しょくいんりょう)によると、画工司の長として絵事彩色などのことをつかさどる正(かみ)が1人、その下に事務をつかさどる者として佑(すけ)1人、令人(さかん)1人がおり、技術家として画師4人、画部(えかきべ)60人が置かれることになっていた。官位令によると、画工の正は正六位の上階、画工の佑は従(じゅ)七位の下階、画工の令人は大初位(だいそい)の上階(正九位)、画師もこの令人に準じたものであったらしい。
画師、画工の仕事はさらに分業化され、塗白土(下地の白土塗り)、木画(素描の下がき)、彩色、堺(さかい)(仕上げの線がき)、検見(けみ)などの名称がつけられている。この技術者の集団は、帰化人系や日本人で技術を身につけた人たちからなっていたようで、8世紀奈良時代に入って官立の諸大寺の造立が盛んになるとともにその数は激増していったが、9世紀平安時代に入ると、808年(大同3)に漆部司(うるしべのつかさ)とともに内匠(たくみ)寮に合併されて縮小され、やがて機構の改変により宮廷画所(えどころ)となっていく。
[永井信一]
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精選版 日本国語大辞典
がこう‐し グヮコウ‥【画工司】
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