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白河関【しらかわのせき】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

白河関
しらかわのせき
福島県白河市南部旗宿にある址。5世紀頃,蝦夷南下を防ぐために設けられ,勿来関 (なこそのせき) ,念珠関 (ねずがせき) とともに奥羽三関と呼ばれ,能因法師和歌でも有名。 1959~63年発掘調査を行なった結果,土塁,空濠を設け,柵木をめぐらした古代防御施設のを発見,平安時代初期のものと思われる土師器なども出土した。寛政年間 (1789~1801) 松平定信が建てた「古関蹟」のが立つ。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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世界大百科事典 第2版

しらかわのせき【白河関】
東山道で下野から陸奥に入る入口に置かれた関所。現在の白河市旗宿に比定される。勿来関(なこそのせき)(現,福島県),念珠関(ねずがせき)(現,山形県)と並んで〈奥州三関〉と称され,ともに蝦夷対策のために設置されたものだろう。平安時代の835年(承和2)12月3日の太政官符に登場するのが史料上の初見だが,その中に〈剗(せき)(関)を置きて以来,今に四百余歳〉とあるから,すでに奈良時代には設置されていたと推定される。

出典:株式会社平凡社
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日本大百科全書(ニッポニカ)

白河関
しらかわのせき

古代奥州の南の関門。福島県白河市旗宿(はたじゅく)所在。835年(承和2)の太政官符(だいじょうかんぷ)によれば、400余年前、すなわち5世紀の前半ごろ蝦夷(えぞ)対策のために設けられたとある。東山道(とうさんどう)口の奥州の関門として、東海道口の菊多関(きくたのせき)(後の勿来関(なこそのせき))と並んで有名であった。『今昔(こんじゃく)物語』によれば、平安時代にも厳重に出入りを取り締まっている。最近、発掘によって、関跡推定地に柵(さく)列に囲まれた施設跡を発見し、関跡として確定された。歌枕(うたまくら)として有名である。

[高橋富雄]

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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精選版 日本国語大辞典

しらかわ‐の‐せき しらかは‥【白河関】
古代、東山道の陸奥国への関門として、下野国(栃木県)との境に置かれた関所。勿来関(なこそのせき)、念珠(ねず)ケ関とともに奥州三関の一つとして知られた。福島県白河市旗宿付近にあったといわれる。能因法師の歌で名高い。歌枕。しらかわ。
※枕(10C終)一一一「関は、逢坂。須磨の関。鈴鹿の関。岫田の関。しらかはのせき」
[語誌](1)関の創設は、五世紀にまでさかのぼる。奈良時代の蝦夷征討には軍事行動の要衝となったが、平安中期以降はその役割は衰退する。
(2)能因法師の歌を契機に、ここを越えると陸奥であるという特別の感慨から都人にとって憧れの歌枕となっていった。その後、ここを訪れた芭蕉の「奥の細道」によって俳枕としても定着していく。

出典:精選版 日本国語大辞典
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