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直江津【なおえつ】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

直江津
なおえつ
新潟県南西部,上越市の旧市域。関川河口に位置し上越市の中心市街地。1954年市制施行。1971年高田市と合体して上越市と改称,一地区名として残った。日本海に臨み,古くから港町として発展戦国時代には近くの春日山上杉氏築城。慶長19(1614)年松平忠輝が高田に築してからは高田藩に属し,外港として繁栄した。化学,金属,機械,食品などの工業が行なわれる。河口右岸の掘込港重要港湾佐渡島小木へ定期船が出る。五智国分寺や水族博物館がある。春日山城跡は国の史跡で,地区の一部は久比岐県立自然公園に属する。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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デジタル大辞泉

なおえつ〔なほえつ〕【直江津】
新潟県上越市の地名。旧直江津市。日本海に面し、古くからの交通要地。戦国時代には上杉氏の春日山城城下町江戸時代には高田の外港として発展。現在は工業が盛ん。

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世界大百科事典 第2版

なおえつ【直江津】
新潟県南西部,上越市の北半を占める地域で,旧市名。旧市は1954年市制,71年高田市と合体して上越市となった。荒川河口に臨み,古くは越後国府の所在地であった。直江の,直江の津などの名で説経謡曲にみえ,港町として栄えていたことがうかがわれる。港は今町湊とも称され,《廻船式目》にも三津七湊の一として記される。また北陸街道宿場町として繁栄した。今町湊は戦国時代は春日山城下の,江戸時代は高田城下の外港であった。

出典:株式会社平凡社
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日本大百科全書(ニッポニカ)

直江津
なおえつ

新潟県南西、上越市(じょうえつし)にある中心地区の一つ。旧直江津市。古くは『延喜式(えんぎしき)』にみえる宿駅として「水門(みなと)馬五疋(ひき)」の駅伝馬が配された北陸道の湊(みなと)町で、中世は上杉氏の春日山(かすがやま)城下町の外港として重きをなした。上杉景勝(かげかつ)の会津(あいづ)移封後は堀秀治(ひではる)・忠俊(ただとし)の所領となったが、その後、徳川家康が六男松平忠輝(ただてる)に高田藩を開府させ、加賀藩前田家に対する前哨(ぜんしょう)基地とした。これにより高田に城下町が移ったため、直江津は高田城下の外港に変わった。近代は街道交通とともに、信越本線と北陸本線(現在はJR信越本線とえちごトキめき鉄道の日本海ひすいライン、妙高はねうまライン)の交差する陸上交通上の地の利を得て、港の両岸には信越化学、日本ステンレス(現、新日鐡住金)、日曹(にっそう)製鋼(現、太平洋金属)などの大工場が集積を始め、上越臨海工業地帯の核心地域に発展。1964年(昭和39)からは旧河口港内の砂丘に掘込み式新港を築港して、1万5000トン級の船舶が接岸できる新埠頭(ふとう)が完成し、直江津港は重要港湾に指定された。1983年の直江津港の海上貨物輸移出入量は251万トンであった。海岸沿いには、越後一宮(えちごいちのみや)の一つであった居多(こた)神社や、上越市立水族博物館、谷浜、郷津(ごうづ)、直江津などの海水浴場もあり、観光地としても名高い。

[山崎久雄]

『『直江津の歴史』(1971・直江津市)』

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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精選版 日本国語大辞典

なおえつ なほえつ【直江津】
新潟県上越市の地名。旧直江津市。荒川の河口に発達した町で、鎌倉時代以後、日本海航路の要港として繁栄。信越本線と北陸本線との分岐点。化学・鉄鋼工業が盛ん。昭和二九年(一九五四)市制。同四六年高田市と合体して上越市となる。

出典:精選版 日本国語大辞典
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旺文社日本史事典 三訂版

直江津
なおえつ
新潟県南西部にある上越市の北部を形成する地区
古くは越後の国府・国分寺の門前町であったが,14世紀中ごろより問丸 (といまる) のある港町に発展。戦国時代に上杉氏の春日山の城下町・港町として繁栄した。1614年松平氏が高田に城を移してからは衰え港町として残った。1954年市制を施行したが,'71年高田市と合併し上越市となる。

出典:旺文社日本史事典 三訂版
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