@niftyトップ

辞書、事典、用語解説などを検索できる無料サービスです。

矢野竜渓【やの りゅうけい】

美術人名辞典

矢野竜渓
政治家・小説家。名は文雄光儀の長男。慶応義塾出身。大隈重信のもと政界で活躍し、国会開設の為に尽力、式部官外交官を務める。のち大阪毎日新聞社に入り随筆を発表した。代表作に『経国美談』『浮城物語』等がある。昭和6年(1931)歿、82才。

出典:(株)思文閣

デジタル大辞泉

やの‐りゅうけい【矢野竜渓】
[1851~1931]政治家・小説家。大分の生まれ。本名、文雄。大隈重信のもとで官吏となり、さらに立憲改進党結成参画。また、報知新聞・大阪毎日新聞に参与政治小説・随筆などで文名を上げた。小説「経国美談」「浮城(うきしろ)物語」「新社会」など。

出典:小学館
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:田中牧郎、曽根脩
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル版 日本人名大辞典+Plus

矢野竜渓 やの-りゅうけい
1851*-1931 明治-大正時代のジャーナリスト,新聞経営者。
嘉永(かえい)3年12月1日生まれ。「郵便報知新聞」副主筆をへて,明治11年大蔵省にはいり,太政官大書記官にすすむ。14年大隈(おおくま)重信にしたがって退官。大隈とはかって「郵便報知新聞」を買収,社長となり,立憲改進党結成に参加。16年政治小説「経国美談」を出版。30年清(しん)(中国)公使。のち大阪毎日新聞社副社長。昭和6年6月18日死去。82歳。豊後(ぶんご)(大分県)出身。慶応義塾卒。本名は文雄。著作に「新社会」など。
【格言など】誇りの心は総(すべ)ての人の生命である(「不必要」)

出典:講談社
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

世界大百科事典 第2版

やのりゅうけい【矢野竜渓】
1850‐1931(嘉永3‐昭和6)
ジャーナリスト,小説家,政治家。本名文雄。大分県出身。慶応義塾卒業後,同大阪分校などの校長を勤め,1876年《郵便報知新聞》に副主筆として入社した。78年大蔵省に出仕したが,明治14年の政変による大隈重信下野とともに《郵便報知新聞》に戻り,社長となる。改進党の結成に参画,主導的役割を果たし,その幹部となった矢野は同紙を改進党機関紙とし,政府系や自由党系の新聞と対抗した論陣を張った。また《経国美談》などの政治小説を同紙に連載し,文学を通じての民権思想の民衆への浸透を図った。

出典:株式会社平凡社
Copyright (c) Heibonsha Limited, Publishers, Tokyo. All rights reserved.

大辞林 第三版

やのりゅうけい【矢野竜渓】
1850~1931 政治家・小説家。豊後国佐伯の生まれ。本名、文雄。慶応義塾卒。立憲改進党結成に参画、「郵便報知新聞」に拠り論陣を張った。立憲政治家としての理想表明である政治小説「経国美談」のほか、「浮城物語」「新社会」などがある。

出典:三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

矢野竜渓」の用語解説はコトバンクが提供しています。

矢野竜渓の関連情報

他サービスで検索

(C)The Asahi Shimbun Company /VOYAGE MARKETING, Inc. All rights reserved.
No reproduction or republication without written permission.

アット・ニフティトップページへ アット・ニフティ会員に登録

ウェブサイトの利用について | 個人情報保護ポリシー
©NIFTY Corporation