@niftyトップ

辞書、事典、用語解説などを検索できる無料サービスです。

石井露月【いしい ろげつ】

美術人名辞典

石井露月
明治・大正・昭和時代の俳人秋田県生。通称祐治。新聞『小日本』『日本新聞』の記者を務めた後、医学を志し医師になる。その傍ら俳星』『亙川』『雲従』等の雑誌を発行した。昭和3年(1928)歿、56才。

出典:(株)思文閣

デジタル大辞泉

いしい‐ろげつ〔いしゐ‐〕【石井露月】
[1873~1928]俳人。秋田の生まれ。本名、祐治。正岡子規知遇を得て「日本派」に属した。雑誌「俳星」を創刊句集露月句集」。

出典:小学館
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:田中牧郎、曽根脩
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル版 日本人名大辞典+Plus

石井露月 いしい-ろげつ
1873-1928 明治-昭和時代前期の俳人。
明治6年5月17日生まれ。上京して明治27年から正岡子規に師事し,新聞「日本」の記者となる。のち医師試験に合格し,秋田で開業。33年島田五空らと「俳星」誌を創刊,子規の日本派俳風をひろめた。昭和3年9月18日死去。56歳。秋田県出身。秋田中学中退。本名は祐治。
【格言など】草枯や海士(あま)が墓皆海に向く

出典:講談社
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

大辞林 第三版

いしいろげつ【石井露月】
1873~1928 俳人。秋田県生まれ。本名、祐治。医業のかたわら「俳星」を創刊、日本派を普及した。

出典:三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

日本大百科全書(ニッポニカ)

石井露月
いしいろげつ
(1873―1928)
俳人。本名祐治(ゆうじ)。秋田県河辺郡戸米川村(現秋田市)に生まれる。秋田中学中退。上京して正岡子規(しき)の知遇を得、『小日本』『日本』記者となり、俳句に導かれた。子規は河東碧梧桐(かわひがしへきごとう)、高浜虚子(きょし)と並び「警抜」と評した。1898年(明治31)医師試験に合格し帰郷。『俳星』を創刊して日本派を普及、医業のかたわら青年たちを指導した。死後『露月句集』(1931)、文集『蜩(ひぐらし)を聴きつゝ』(1935)が出た。[福田清人]
 秋立つか雲の音聞け山の上
『福田清人著『俳人石井露月の生涯』(1949・講談社)』

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

精選版 日本国語大辞典

いしい‐ろげつ【石井露月】
俳人。本名、祐治。子規の指導を受け「日本派」の一翼となる。雑誌「俳星」を創刊。句集に「露月句集」、文集に「蜩(ひぐらし)を聴きつつ」がある。明治六~昭和三年(一八七三‐一九二八

出典:精選版 日本国語大辞典
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

石井露月」の用語解説はコトバンクが提供しています。

石井露月の関連情報

他サービスで検索

(C)The Asahi Shimbun Company /VOYAGE MARKETING, Inc. All rights reserved.
No reproduction or republication without written permission.

アット・ニフティトップページへ アット・ニフティ会員に登録

ウェブサイトの利用について | 個人情報保護ポリシー
©NIFTY Corporation