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石窟寺院【せっくつじいん】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

石窟寺院
せっくつじいん
山崖や丘陵り込んだ洞状の宗教施設の総称。通常はインド中央アジア,中国などにある仏教関係のものと,主としてインドにあるヒンドゥー教,ジャイナ教関係のものをさす。施設の種類は多岐にわたるが,大別すると,礼拝対象の尊像やストゥーパ (仏塔) を祀るチャイティヤ (祠堂) 窟と,修行者 () たちが居住するビハーラ (僧房) 窟とに分れる。石窟寺院の特色は一般の寺院に比べ耐久性が著しく強い点で,尊像の彫刻や壁画とともに,宗教美術史の宝庫ともいえる。インドの石窟は総数 1200以上に上り,約 80%が仏教関係で,その大半がウェスタンガーツ山脈の石灰地帯にある。年代のわかる最古の例はビハール州バラーバル丘とナーガールジュニ丘の石窟で前3~2世紀に属する。このほか主要なものとしてアジャンタ石窟エローラ石窟エレファンタ石窟カールリー石窟ウダヤギリ石窟バージャー石窟などがあげられる。アフガニスタンではバーミアーン石窟,中央アジアではキジル千仏洞クムトゥラベゼクリクなど,中国では敦煌莫高窟雲崗石窟竜門石窟などが代表的。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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デジタル大辞泉

せっくつ‐じいん〔セキクツジヰン〕【石窟寺院】
仏像を、岩壁の岩をくりぬいてその中に安置したり、壁面に刻み出したりして寺院としたところ。インドのアジャンタや中国の雲崗(うんこう)敦煌(とんこう)竜門などが有名。石窟寺。

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世界大百科事典 第2版

せっくつじいん【石窟寺院 cave temple】
丘陵や山崖を掘開し,目的用途に従って内部空間を整備した宗教施設の総称。窟院と略称する。構造材を架構した実際の建築による寺院に対応する寺院の一形式で,内部構造,平面形にそれが反映する場合が多い。また石窟だけで構成されるばかりでなく,実際の建築と石窟とが併用されることもある。単独の石窟はまれで,群集し,数窟から数百窟に及ぶ。したがって各時期の寺院構成は長期造営の場合必ずしも明らかでなく,年代決定は壁画・彫塑様式碑銘文献が手がかりとなり,構造,平面形からではむずかしいことが多い。

出典:株式会社平凡社
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大辞林 第三版

せっくつじいん【石窟寺院】
岩壁にほらあなを掘り、内部に仏像を安置したり彫刻したりして寺院とした所。インドのアジャンター、中国の敦煌とんこう・雲崗うんこう・竜門などが有名。

出典:三省堂
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日本大百科全書(ニッポニカ)

石窟寺院
せっくつじいん
岩山の断崖(だんがい)面を利用して掘削した洞窟形式の宗教建築。本来は修行者が隠遁(いんとん)する簡単な洞窟から発展したものである。主として、インドの三大宗教である仏教、ヒンドゥー教、ジャイナ教によってつくられ、その影響を受けて中央アジアや中国にも広まっていった。石窟寺院という語は英語のcave templeあるいはrock-cut templeの漢語訳で、略して石窟、窟院ともいう。中国では敦煌莫高窟(とんこうばっこうくつ)第17号窟を蔵経洞というように、個々の窟を洞とよぶこともある。現在もっとも古い石窟は、インドのビハール州にあるアージビカ派僧侶(そうりょ)の窟で紀元前3世紀に始まる。仏教窟は前2世紀ごろから現れ、石窟内にストゥーパを設けて礼拝するチャイティヤ窟(塔院)と、僧侶が修行する部屋を設けたビハーラ窟(僧院)の2形式ができ、しだいにビハーラ窟に仏像を置いて本尊として礼拝するように変化した。アフガニスタンでは紀元後4世紀にバーミアン石窟がつくられ、中国では4世紀中ごろに敦煌莫高窟がつくられ、やがて雲崗(うんこう)、竜門(りゅうもん)など各地でこのような形式の石窟が広まっていった。石窟内の壁面には信者に絵解きをするための釈迦(しゃか)の本生譚(ほんじょうたん)、仏伝図、造営者の伝記などを描いて荘厳(しょうごん)した。朝鮮半島では慶州石窟庵(あん)や軍威石窟でわずかに石窟寺院に似た形式が伝わっているが、日本ではさらに退化したものとして磨崖仏(まがいぶつ)がつくられただけで、本格的な石窟寺院は発達しなかった。[江谷 寛]

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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精選版 日本国語大辞典

せっくつ‐じいん セキクツジヰン【石窟寺院】
〘名〙 岩崖に窟をうがち、その中に仏像を安置し、あるいは壁面に刻み出して寺院としたところ。インドにはじまり、アフガニスタン、中央アジアを経て中国に伝播している。石窟寺。

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旺文社世界史事典 三訂版

石窟寺院
せっくつじいん
岩壁に洞窟を掘って造られた寺院
前4世紀ごろからインドで造られ,仏教の伝播に伴って中央アジア・中国その他の諸国に影響し,東洋美術史上特筆すべき一連の石窟芸術を生んだ。彫刻・絵画・文献なども残され,貴重な史料である。インドには約1200窟が現存。アジャンター・エローラが有名。アフガニスタン・中央アジアにもインド式石窟群がある。中国では4世紀半ばすぎの敦煌 (とんこう) の千仏洞が始まりで,その他雲崗 (うんこう) 石窟・竜門 (りゆうもん) 石窟・響堂山 (きようどうさん) 石窟などがある。朝鮮では,新羅 (しんら) のころ,慶州付近に組立式の石窟庵が造られた。

出典:旺文社世界史事典 三訂版
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