@niftyトップ

辞書、事典、用語解説などを検索できる無料サービスです。

稗田阿礼【ひえだのあれ】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

稗田阿礼
ひえだのあれ
古代,天武朝の舎人 (とねり) 。『古事記』のによると,『帝紀』『旧辞』の誤り伝えられることを憂えた天武天皇は,舎人の阿礼にこれらを「誦習」させた。そのとき阿礼は 28歳,きわめて聡明であった。のち元明天皇により,阿礼の誦習するところの『帝紀』『旧辞』を太安麻呂 (おおのやすまろ) が録して成ったのが『古事記』だとある。稗田氏が猿女君 (さるめのきみ) 氏と同族であることなどから,平田篤胤以来,阿礼女性論がしばしば主張された。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル大辞泉

ひえだ‐の‐あれ【稗田阿礼】
天武天皇舎人(とねり)。天武天皇の命で帝紀先代旧辞(きゅうじ)とを誦習し、和銅4年(711)元明天皇の命で太安万侶(おおのやすまろ)がこれを撰録して古事記が編まれた。生没年未詳。

出典:小学館
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:田中牧郎、曽根脩
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル版 日本人名大辞典+Plus

稗田阿礼 ひえだの-あれ
?-? 飛鳥(あすか)時代の官人。
猿女君(さるめのきみ)氏出身の舎人(とねり)。女性とする説もある。記憶力にすぐれ,28歳のとき天武天皇の命により「帝皇日継」「先代旧辞(くじ)」を誦習(しょうしゅう)した。三十数年後の和銅5年(712)元明天皇のをうけた太安麻呂(おおの-やすまろ)が,その内容を筆録して「古事記」を完成したとされる。大和(やまと)(奈良県)出身。

出典:講談社
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

世界大百科事典 第2版

ひえだのあれ【稗田阿礼】
古事記編纂に関与した人物。生没年不詳。同書序文によれば,天武天皇が天皇家の縁起譚としての《古事記》の編纂を企図し,資料としての〈帝紀・旧辞〉を舎人稗田阿礼に〈誦習〉せしめたが,このときは完成しなかった。三十数年後に元明天皇の詔を受け太安麻呂(おおのやすまろ)が完成させたという。 序文に舎人とあるため,阿礼は男性であったとされる一方,江戸時代からすでに女性説がとなえられてきた。この論争はいまだに続いているが,アレという語が神の誕生を意味する古語で,それに立ち会う巫女の名にふさわしいこと,《古事記》にはあきらかに巫女の霊能への共感が示されていることなどの理由から巫女とみるべきだろう。

出典:株式会社平凡社
Copyright (c) Heibonsha Limited, Publishers, Tokyo. All rights reserved.

日本大百科全書(ニッポニカ)

稗田阿礼
ひえだのあれ

生没年不詳。7世紀後半から8世紀初頭の人。大和(やまと)国添上郡(そうのかみのこおり)薭田邑(ひえだむら)(奈良市南稗田)の出身。天岩戸(あめのいわと)神話で有名な天鈿女命(あめのうずめのみこと)の後裔(こうえい)猿女君(さるめのきみ)の族で、天武(てんむ)朝に舎人(とねり)として仕えた。「人となり聡明にして、目に度(わた)れば口に誦(よ)み、耳に払(ふ)るれば心に勒(しる)す」(『古事記』序)ほどであったが、天武天皇は、諸家に伝える帝紀(ていき)と旧辞(くじ)を正して後世に伝えんとし、阿礼に勅語して「帝皇日継(ていおうのひつぎ)」と「先代旧辞」を誦み習わしめた。阿礼は時に年28であった。しかし、天武天皇の没後、その事業はそのままに打ち捨てられたので、元明(げんめい)天皇はこれを惜しみ、711年(和銅4)9月太安麻呂(おおのやすまろ)に詔して、阿礼が誦み習った勅語の旧辞を撰録(せんろく)して献上させた。安麻呂は詔命を受けて鋭意筆を進め、翌年正月に至って完成奏上の運びとなった。これが『古事記』である(同序)。なお、阿礼が代々女孺(にょうじゅ)(下級女官)を貢する猿女氏の出なので、女性とみる説があるが、「舎人」とあるからは男性であろう。

[黛 弘道]

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

精選版 日本国語大辞典

ひえだ‐の‐あれ【稗田阿礼】
天武天皇の舎人。天皇の命で帝皇の日継(ひつぎ)と先代の旧辞(きゅうじ)を誦習。和銅四年(七一一)元明天皇の命により太安万侶(おおのやすまろ)が阿礼の誦するところを撰録し、「古事記」三巻が編まれた。生没年不詳。

出典:精選版 日本国語大辞典
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

旺文社日本史事典 三訂版

稗田阿礼
ひえだのあれ
生没年不詳
7世紀半〜8世紀初めの舎人 (とねり) で,『古事記』編纂者の一人
天武天皇の命により『帝紀』『旧辞』を誦習。それを712年元明天皇の命で太安万侶 (おおのやすまろ) が筆録したのが『古事記』であるという。

出典:旺文社日本史事典 三訂版
執筆者一覧(50音順)
金澤利明 竹内秀一 藤野雅己 牧内利之 真中幹夫
 
Copyright Obunsha Co.,Ltd. All Rights Reserved.
それぞれの項目は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

稗田阿礼」の用語解説はコトバンクが提供しています。

稗田阿礼の関連情報

他サービスで検索

(C)The Asahi Shimbun Company /VOYAGE MARKETING, Inc. All rights reserved.
No reproduction or republication without written permission.

アット・ニフティトップページへ アット・ニフティ会員に登録

ウェブサイトの利用について | 個人情報保護ポリシー
©NIFTY Corporation