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種痘【しゅとう】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

種痘
しゅとう
vaccination
痘瘡の予防接種のこと。 1796年にイギリスの E.ジェンナーが初めてヒト牛痘ウイルスを接種して免疫をつくることに成功して以来改良が重ねられ,世界的に採用されるようになった。日本でも近年まで強制的に施行されていたが,痘瘡撲滅 (1980年,WHOは痘瘡根絶宣言を行なった) に伴い,廃止された。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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デジタル大辞泉

しゅ‐とう【種痘】
痘瘡(とうそう)に対する免疫をつくるための予防接種。1796年、英国の医師ジェンナーが発明。牛痘を用いる。植え疱瘡(ぼうそう)。 春》

出典:小学館
監修:松村明
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世界大百科事典 第2版

しゅとう【種痘 vaccination】
天然痘(痘瘡)に対する予防接種。天然痘は天然痘ウイルス感染によって引き起こされ,高熱と全身性の水疱性の発疹を主症状とする伝染病である。免疫を有しない個体の感染率は100%に近く,感染した場合,死亡率が高い。天然痘は16世紀ころから,全世界的にみられる流行性疾患となり,この状態が20世紀の前半まで続いた。 天然痘ウイルスは,ポックスウイルス科オルトポックスウイルス属Orthopoxvirusに属し,ヒトのみを自然宿主とする。

出典:株式会社平凡社
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大辞林 第三版

しゅとう【種痘】
天然痘を予防するため、痘苗とうびようを人体の皮膚に接種すること。1796年、ジェンナーが牛痘ウイルスによる人工的免疫法を発見。植え疱瘡。

出典:三省堂
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日本大百科全書(ニッポニカ)

種痘
しゅとう
vaccination
痘瘡(とうそう)(天然痘)の予防接種のことで、痘瘡ウイルスよりはるかに弱毒であるワクシニアウイルスの接種により積極的に痘瘡に対する免疫を獲得しようとするものである。1958年から世界保健機関(WHO)を中心に痘瘡根絶計画が全世界的な規模で推進され、80年に痘瘡根絶宣言が出されたことにより、種痘の必要性はなくなった。[柳下徳雄]

沿革

1796年にイギリスの外科医ジェンナーが、牛痘(ウシの痘瘡で人間に感染しても軽症ですむ)を8歳の少年の腕に接種したところ、6週間後に痘瘡菌を接種されても少年は痘瘡にかからなかった。1798年に『牛痘の原因と効果に関する研究』と題する75ページの小冊子を発表したジェンナーは、牛痘接種法の発見者となった。1800年までには6000例に成功し、牛痘接種の有効性が広く認められ、以来、痘瘡の安全な予防法として種痘が行われるようになった。[柳下徳雄]
種痘の伝来
中国では明(みん)の末期に人痘を材料とする接種法がかなり普及していたが、1744年(延享1)清(しん)の李仁山(りじんせん)によってこれが長崎に伝えられ、筑前(ちくぜん)国(福岡県)の秋月藩医緒方春朔(おがたしゅんさく)によって広められた。1795年(寛政7)に刊行された彼の著書『種痘必須(ひっす)弁』は、日本最初の種痘専門書として知られる。しかし、この方法は痘瘡患者から直接得た病毒を健康者に接種するというもので、痘瘡にかかった場合と同じような症状をおこすことが多く、予防接種とはいいがたいきわめて危険な方法であった。
 これに対してジェンナーの発見した牛痘接種法は安全率が高く、これがヨーロッパに普及したのは1816年ころであるが、東洋では1805年にイギリスの医者ピアソンA. Pearsonが中国の広東(カントン)で施行している。日本では択捉(えとろふ)島の番人小頭(こがしら)でロシア語の通詞(つうじ)をしていた中川五郎治が、6年間のロシア抑留の際、医者の助手をして牛痘接種法を伝習し、帰国後、1824年(文政7)蝦夷(えぞ)(北海道)に痘瘡が流行したとき施行、これが牛痘接種として日本最初となったが、松前藩から仙台までの住民を救っただけで終わった。一方、佐賀鍋島(なべしま)藩主の鍋島直正(なおまさ)の意を体した藩医楢林宗建(ならばやしそうけん)は、長崎に滞留して出島(でじま)のオランダ館と直接交渉し、痘苗(とうびょう)の入手を図った。オランダの医師モーニケの持参したウィーン製の痘苗は接種に失敗したが、1849年(嘉永2)バタビアからオランダ船がもたらした痘苗をモーニケが楢林の子らに接種して成功、佐賀鍋島藩を通じて京都、大坂、江戸などに広まり、長崎苗とかモーニケ苗とよばれて明治まで牛痘接種の原苗となった。[柳下徳雄]
明治以降の種痘
1909年(明治42)に種痘法が公布され、初めて種痘が法律によって実施されるようになった。予防接種が現在のように組織的に実施されるようになったのは、第二次世界大戦後の48年(昭和23)からである。その年に予防接種法が公布されたが、予防接種のうちでもとくに種痘は副反応が強いためにしばしば問題とされていた。70年に、国が定期接種として行っている種痘による事故に対して国の責任を求める動き、いわゆる種痘禍がおこった。かくして76年予防接種法改正と同時に、国内の接種は実際上中止された。種痘は、改正された予防接種法のなかでも定期接種として残されていたが、世界的な痘瘡の状況から実施を中止したわけである。その後、WHOの痘瘡根絶宣言により、80年8月には定期接種の種痘が法律から削除され、法的にも完全に廃止された。現在では、法律のなかでは、万一の際、緊急時の臨時種痘を行いうる余地だけが残されている。[柳下徳雄]

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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精選版 日本国語大辞典

しゅ‐とう【種痘】
〘名〙 天然痘の予防接種をいう。牛痘をヒトの皮膚に接種して、その部分だけに痘疱を生じさせて免疫を得させ、感染を予防する。一七九六年イギリスの外科医ジェンナーがその効果を立証した。《季・春》
※随筆・春波楼筆記(1811)「種痘の法あり、此の法を用ふる時は死する事なく、面部に痕なく、難症なし」 〔両般秋雨盦随筆‐巻四〕
[語誌]中国では遅くとも一六世紀中頃までには、種痘術が発明された。一七四四年、中国人李仁山が中国の種痘術を長崎に伝え、日本の通辞がその術を「李仁山種痘和解」にまとめ、出版した。

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