@niftyトップ

辞書、事典、用語解説などを検索できる無料サービスです。

稲生若水【いのう じゃくすい】

美術人名辞典

稲生若水
江戸中期本草学者・漢学者。江戸生。稲生恒軒の子。名は宣義、字は彰信、通称を正助、別号を白雲道人。を父と木下順庵に、本草を大坂福山徳潤に学び、本草学を志す。加賀前田侯に儒者として仕え、金沢と京都を往復し、本草の著述専心前田綱紀の命を受けて『庶物類纂』を著す。弟子に松岡恕庵野呂元丈丹羽正伯ら。正徳5年(1715)歿、61才。

出典:(株)思文閣

デジタル大辞泉

いのう‐じゃくすい〔いなふ‐〕【稲生若水】
[1655~1715]江戸中期の本草(ほんぞう)学者。江戸の人。名は宣義。福山徳潤に師事し、のち加賀藩主に仕えた。博物学の先駆者。著「庶物類纂」など。

出典:小学館
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:田中牧郎、曽根脩
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル版 日本人名大辞典+Plus

稲生若水 いのう-じゃくすい
1655-1715 江戸時代前期-中期の本草家。
明暦元年生まれ。稲生恒軒・春子の長男。儒学を木下順庵に,医学を父と福山徳潤にまなぶ。元禄(げんろく)6年(1693)加賀金沢藩主前田綱紀(つなのり)につかえ,稲(とう)と改姓。「庶物類纂(しょぶつるいさん)」1000巻の編集をはじめて,362巻まで完成させた。正徳(しょうとく)5年7月6日死去。61歳。江戸出身。名は宣義(のぶよし)。字(あざな)は彰信。通称は正助。編著に「炮炙(ほうしゃ)全書」,著作に「詩経小識」など。

出典:講談社
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

世界大百科事典 第2版

いのうじゃくすい【稲生若水】
1655‐1715(明暦1‐正徳5)
江戸中期の本草家。名は宣義,字は彰信,号は若水,通称は正助,のちにみずから稲若水(とうじやくすい)と改名。儒医稲生恒軒を父として江戸に生まれる。1693年(元禄6)加賀藩主前田綱紀に儒者,本草家として召し出された。《庶物類纂》1000巻の編述を志し,綱紀の後援のもとに作業をはじめ,362巻を完成しただけで死去した。これは中国文献にある動植物の記事を集録したもので,名物学,博物学の傾向が強い本草書である。

出典:株式会社平凡社
Copyright (c) Heibonsha Limited, Publishers, Tokyo. All rights reserved.

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

稲生若水
いのうじゃくすい
[生]明暦1(1655).江戸
[没]正徳5(1715).7.6. 京都
江戸時代中期の本草学者。字は彰信,通称正助,名は宣義,のちに若水と称す。医学を父恒軒に学び,本草を福山徳順に学んだ。元禄6 (1693) 年,金沢藩に儒者役として召出され,『庶物類纂』の編纂を命じられた。同書は 362巻で未刊に終ったが,のちに丹羽正伯が引受け,1000巻とした。著書はほかに『食物伝信纂』『炮灸全書』『詩経小識』『本草綱目新校正』などがある。また父の著『螽斯草』 (産婦心得書) にをつけて元禄3 (90) 年に刊行した。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

日本大百科全書(ニッポニカ)

稲生若水
いのうじゃくすい
(1655―1715)

江戸中期の本草(ほんぞう)学者。名は宣義(のぶよし)。江戸に生まれ大坂に移る。儒学を伊藤仁斎(いとうじんさい)に学び、父恒軒(こうけん)(1610―1680)の医業を継いだ。本草を福山徳順(ふくやまとくじゅん)(生没年不詳。徳潤とも記される)に師事、「薬物は国産のもの、中国書にあるもの千二百余種を精査した者は古今を通じて余一人」と学殖を示した。1693年(元禄6)儒者として加賀藩主前田綱紀(まえだつなのり)に禄(ろく)200俵で抱えられ、以後『庶物類纂(しょぶつるいさん)』(博物大全)の編纂に20年間精力を傾注、362巻までを脱稿して正徳(しょうとく)5年京都に病没した。綱紀は若水の偉業をたたえ、学問を奨励する8代将軍徳川吉宗(とくがわよしむね)に本書を献じた。ほかに、和刻本中もっとも信が置けるという『校正本草綱目』53巻、薬物の選品を論じた『炮炙(ほうしゃ)全書』『物産目録』など。丹羽正伯(にわしょうはく)、野呂元丈(のろげんじょう)、松岡恕庵(まつおかじょあん)は門人で、正伯は『庶物類纂』を1000巻に増補した。

[根本曽代子]

『『庶物類纂』全11巻(科学書院・1987~1991)』

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

367日誕生日大事典

稲生若水 (いのうじゃくすい)
生年月日:1655年7月27日
江戸時代中期の本草学者
1715年

出典:日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」
(C) Nichigai Associates, Inc., All rights reserved.
それぞれの項目は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

精選版 日本国語大辞典

いのう‐じゃくすい【稲生若水】
江戸中期の本草学者。通称正助。名は義。字は宣義・彰信。若水は号。恒軒の子。江戸の人。福山徳順に本草学、伊藤仁斎に儒学を学び、加賀藩主前田綱紀に仕える。著「庶物類纂(るいさん)」「本草図彙」など。明暦元~正徳五年(一六五五‐一七一五

出典:精選版 日本国語大辞典
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

旺文社日本史事典 三訂版

稲生若水
いのうじゃくすい
1655〜1715
江戸中期の本草学者
江戸の人。医学・本草学(薬草学)を学び,また伊藤仁斎に儒学を学んだ。実地調査により日本の薬草を研究。1693年加賀藩主前田綱紀に仕え,その援助により『庶物類纂 (しよぶつるいさん) 』の編纂に従事したが,業なかばで没した。

出典:旺文社日本史事典 三訂版
執筆者一覧(50音順)
金澤利明 竹内秀一 藤野雅己 牧内利之 真中幹夫
 
Copyright Obunsha Co.,Ltd. All Rights Reserved.
それぞれの項目は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

稲生若水」の用語解説はコトバンクが提供しています。

稲生若水の関連情報

他サービスで検索

(C)The Asahi Shimbun Company /VOYAGE MARKETING, Inc. All rights reserved.
No reproduction or republication without written permission.

アット・ニフティトップページへ アット・ニフティ会員に登録

ウェブサイトの利用について | 個人情報保護ポリシー
©NIFTY Corporation