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窺基【きき】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

窺基
きき
Kui-ji
[生]貞観6(632).長安
[没]永淳1(682).11.13. 長安
中国,唐の僧。法相宗の開祖。慈恩大師。幼少に出家して玄奘の弟子となる。インドの諸語を学び,次いで慈恩寺で訳経に従事した。『唯識述記』 (20巻) ,『成唯識論枢要』 (4巻) ,『大乗法苑義林章』 (7巻) ,『瑜伽略纂』 (16巻) など多数の論著を著わした。日本の法相宗の本山薬師寺,興福寺では忌日に慈恩会催し,供養を行う。慈恩会の本尊慈恩大師像』は 11世紀の作で平安時代肖像画の数少い遺品の一つで,両寺に残る。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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世界大百科事典 第2版

きき【窺基 Kuī jī】
632‐682
中国,唐代初期の僧。慈恩大師,または大乗基ともよばれる。長安の人,その先祖は中央アジアの出で,尉遅,字は供道。玄奘(げんじよう)について,その《成唯識論》の翻訳に参加,一家の見を持してこれを大成させ,事実上の法相開山となる。高宗によって,長安の大慈恩寺に住した。出家のはじめ,師の玄奘に誓って,女色と飲酒を断たぬことを条件とし,その出遊には,生涯酒と女と経典をのせる三車を連ねたことから,三車法師の名を得たといわれる。

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大辞林 第三版

きき【窺基】
632~682 中国、唐代の法相宗の大成者。長安の人。姓は尉遅うつち、字あざなは洪道。号は慈恩大師。玄奘げんじようの弟子。659年玄奘とともに「成唯識論」の漢訳を完成した。

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デジタル大辞泉

きき【窺基】

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日本大百科全書(ニッポニカ)

窺基
きき

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