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竹久夢二【たけひさ ゆめじ】

美術人名辞典

竹久夢二
日本画家詩人岡山県生。名は茂次郎。早稲田実業中退。藤島武二私淑し、新聞・雑誌に挿絵を描く。叙情的ないわゆる夢二式美人画で、明治末から大正初期にかけて一世を風靡した。油絵も多い。昭和9年(1934)歿、51才。

出典:(株)思文閣

デジタル大辞泉

たけひさ‐ゆめじ【竹久夢二】
[1884~1934]画家・詩人。岡山の生まれ。本名、茂次郎。大きな瞳に愁いをたたえた、夢二式美人は一世を風靡(ふうび)し、多数の詩画集を世に送った。「宵待草」の作詩者としても有名。

出典:小学館
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デジタル版 日本人名大辞典+Plus

竹久夢二 たけひさ-ゆめじ
1884-1934 明治-昭和時代前期の画家,詩人。
明治17年9月16日生まれ。38年ごろから挿絵画家として活躍,独特の美人画のほか「宵待草」などの叙情詩で人気を博す。大正3年東京に趣味の店港屋をひらき,商業デザインも手がけた。昭和9年9月1日死去。51歳。岡山県出身。本名は茂次郎。歌集に「山へよする」,画集に「春の巻」,詩画集「どんたく」など。
格言など】人形よ人形よ,もうおん身に決してよき母たれと言わない(妻たまきへの手紙)

出典:講談社
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世界大百科事典 第2版

たけひさゆめじ【竹久夢二】
1884‐1934(明治17‐昭和9)
画家,詩人。本名茂次郎。岡山県邑久(おく)町に生まれる。早稲田実業学校中退。新聞,雑誌にコマ絵を描き,新進画家として世に出た。荒畑寒村らとも親しく,平民社の機関誌《直言》に挿絵を描いたが,露骨な世相風刺を好まず,むしろ哀愁にみちた表現であった。夢二の本領は時代の生活感情を反映しながらも,藤島武二や青木繁浪漫主義を受けつぎ,それに世紀末的耽美(たんび)主義,懐古趣味,異国趣味を盛った表現にあった。漂泊の人生を送り,郷愁憧憬を日本画,油絵,水彩画,木版画にあらわし,詩や童謡にうたった。

出典:株式会社平凡社
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

竹久夢二
たけひさゆめじ
[生]1884.9.16. 岡山
[没]1934.9.1. 長野
画家,詩人。酒造家に生れた。本名,茂次郎。 1901年上京して早稲田実業学校に学び,05年卒業。少年少女雑誌に浪漫的な挿絵や詩を発表して注目された。その後も挿絵,詩文,本や雑誌の装丁に異色ある芸術的天分を発揮し,目が大きく夢みるように憂愁をたたえた夢二式美人を描き,その独自の感傷性豊かな抒情的表現は,大正期の青年子女に多大な影響を及ぼした。また 14年日本橋に港屋を開店して自作の絵はがきや千代紙などを売った。 31~33年アメリカ,ヨーロッパを旅行,帰朝後過労のため結核にかかり,長野県の富士見高原の療養所でした。『長崎十二景』 (1920) ,『女十題』 (21) ,『黄八丈』 (29頃) などが代表作。ほかに詩画,詩歌集が五十余種あり,『宵待草』の作詩者としても有名。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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日本大百科全書(ニッポニカ)

竹久夢二
たけひさゆめじ
(1884―1934)

画家、詩人。明治17年9月16日、岡山県邑久(おく)郡本庄(ほんじょう)村(現、瀬戸内市邑久町)の酒屋に生まれる。本名茂次郎。神戸中学校を1年生で中退、一家は九州八幡(やはた)(現、北九州市)に移るが、夢二は家出して上京し早稲田(わせだ)実業学校に入る。1905年(明治38)同校本科3年を卒業して専攻科に進み、荒畑寒村(あらはたかんそん)らと交友、また白馬(はくば)会洋画研究所に通う。同年、『中学世界』に投稿のコマ絵、『ハガキ文学』に応募の図案が入賞し、学校を中退する。また島村抱月(ほうげつ)主宰の『東京日日新聞』の「月曜文壇」や『早稲田文学』ほかでも活躍。1907年、日刊『平民新聞』に風刺的コマ絵や川柳(せんりゅう)などを寄せ、また新婚のたまき夫人をモデルにいわゆる夢二式美人を創始した。1909年の『夢二画集 春の巻』以後、夢二画集や詩画集を続々と刊行して世の青春層を魅了し、また『どんたく』に収められた短詩『宵待草(よいまちぐさ)』は、のち夢二が多数装丁したセノオ楽譜の一冊として刊行され、全国に普及した。

 1914年(大正3)日本橋に港屋を開き、夢二デザインの日常生活の品々に独自のアール・ヌーボー式を示した。1916年京都に移り、翌1917年から笠井彦乃(ひこの)と暮らし、1918年春、京都府立図書館で2回目の個展を開き、日本画、油絵、パステルに南蛮・異国趣味、郷愁の詩人画家ぶりを示す。帰京後、最愛の彦乃への恋歌集『山へよする』を刊行ののち、お葉との時代が始まる。1931年(昭和6)アメリカからヨーロッパへの旅に出るが、1933年病を得て帰国し、榛名(はるな)山産業美術学校建設の夢を果たせず、翌昭和9年9月1日信州の富士見高原療養所で肺結核により没。代表作は『黒船屋』『長崎十二景』『青春譜』『立田姫(たつたひめ)』『旅』ほか。岡山市中区に夢二郷土美術館本館、生地の邑久には夢二郷土美術館分館(夢二生家と復原されたアトリエ「少年山荘」)があり、群馬県渋川(しぶかわ)市伊香保(いかほ)地区に竹久夢二伊香保記念館がある。

[小倉忠夫 2017年1月19日]

『長田幹雄編『竹久夢二画集』(1972・講談社)』『木村重圭解説『現代日本美人画全集8 竹久夢二』(1978・集英社)』『岡崎まこと著『竹久夢二正伝』(1984・求龍堂)』『河北倫明他編『夢二美術館』全5巻(1985・学習研究社)』

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精選版 日本国語大辞典

たけひさ‐ゆめじ【竹久夢二】
画家、詩人。岡山県出身。本名、茂次郎。感傷的な詩文・挿絵をかき、その美人画は夢二式と呼ばれて、明治末から大正にかけて大いに流行した。画集「春の巻」「夏の巻」、詩歌集「どんたく」など。明治一七~昭和九年(一八八四‐一九三四

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