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竹崎季長【たけざきすえなが】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

竹崎季長
たけざきすえなが
鎌倉時代後期の御家人。文永 11 (1274) 年の蒙古襲来に際して奮戦し,恩賞として肥後国海東郡に所領を得た。また弘安4 (81) 年の再度の襲来においても活躍した。この両役における季長の戦功は『蒙古襲来絵巻』に詳しく記されている。 (→元寇 )

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デジタル大辞泉

たけざき‐すえなが〔‐すゑなが〕【竹崎季長】
鎌倉後期の武将肥後の人。元寇(げんこう)で奮戦、肥後の海東四郡を所領とした。「蒙古襲来絵詞」は自分の武功を記念するために描かせたものという。生没年未詳。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plus

竹崎季長 たけざき-すえなが
1246-? 鎌倉時代の武士。
寛元4年生まれ。肥後(熊本県)の御家人。文永・弘安(こうあん)の役でたてたみずからの戦功を子孫につたえるために「蒙古襲来絵詞(えことば)(竹崎季長絵詞)」をえがかせた。通称は五郎兵衛尉。

出典:講談社
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

世界大百科事典 第2版

たけざきすえなが【竹崎季長】
1246(寛元4)‐?
鎌倉後期の武将。肥後国御家人。本領は肥後国豊福荘竹崎。文永の役では,少弐景資の下で戦功を立て,恩賞要求のため鎌倉に赴く。続いて弘安の役でも活躍。両役における戦功を描いた《蒙古襲来絵詞》は著名。これを肥後国二宮甲佐社にささげ,子孫へ伝えようとした。戦功として同社領海東郷の地頭職を得た。そこでの領主支配の様相は,《塔福寺文書》などによってわかる。【山口 隼正】

出典:株式会社平凡社
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大辞林 第三版

たけざきすえなが【竹崎季長】
1246~? 鎌倉中期の武士。通称、五郎兵衛尉。肥後の御家人。文永・弘安の役に出陣。「蒙古襲来絵詞」は、その戦功の証として作成されたものという。

出典:三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

日本大百科全書(ニッポニカ)

竹崎季長
たけざきすえなが
(1246―?)
鎌倉後期の御家人(ごけにん)。五郎兵衛尉(じょう)と称す。肥後(ひご)国豊福庄(とよふくのしょう)竹崎を本貫とし、海東(かいとう)郷を領した。阿蘇大宮司(あそだいぐうじ)家の庶流とする説と、菊池氏の同族とする説とがある。1274年(文永11)元(げん)軍が博多(はかた)湾に襲来した際、少弐景資(しょうにかげすけ)の指揮下で奮戦、戦功をあげた。翌年鎌倉に赴き、恩賞として海東郷地頭(じとう)職を得た。1281年(弘安4)元軍がふたたび博多湾に襲来した際にも敵将の首級をあげた。この活躍は『蒙古襲来絵詞(えことば)』に詳述されている。季長は1293年(正応6)の「置文(おきぶみ)」で海東郷の支配について記している。没年は不明。[下川晃義]
『中村一紀『蒙古襲来の絵巻・竹崎季長』(『新 熊本の歴史3』所収・1979・熊本日日新聞社)』

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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精選版 日本国語大辞典

たけざき‐すえなが【竹崎季長】
鎌倉後期の武将。肥後国(熊本県)の人。文永・弘安の二度の元軍の来襲(元寇(げんこう))に際して戦功をあげた。その合戦や鎌倉での恩賞請求の様子が「蒙古襲来絵詞」二巻に描かれている。法名法喜。寛元四年(一二四六)生。

出典:精選版 日本国語大辞典
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旺文社日本史事典 三訂版

竹崎季長
たけざきすえなが
生没年不詳
鎌倉中期の武将
肥後国(熊本県)の御家人。元寇に際し奮戦し,特に弘安の役で今津長浜などで防戦,進んで敵船に乗り移り敵将を倒した。『蒙古襲来絵巻』は季長が描かせたものという。

出典:旺文社日本史事典 三訂版
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