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箕作麟祥【みつくりりんしょう】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

箕作麟祥
みつくりりんしょう
[生]弘化3(1846).7.29. 江戸
[没]1897.11.29. 東京
洋学者,法学者。幼名は貞太郎,のち貞一郎。生れた年に父省吾は他界,祖父箕作阮甫に養育され,洋学祖父について習得。文久3 (1863) 年祖父の死にあい嫡孫として跡を継ぎ,幕臣に列せられた。慶応3 (67) 年徳川民部大輔に随行してフランスに渡り,フランス語を修得,翌年帰朝後,明治政府の一等訳官に任じられた。以後,元老院議官,司法次官,1889年には貴族院議員,法典調査会主査などを経,91年に行政裁判所長官。その業績としては,フランス諸法典の翻訳,旧民法商法の編纂事業などがあげられる。主著『仏蘭西法律書』 (70) 。

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デジタル大辞泉

みつくり‐りんしょう〔‐リンシヤウ〕【箕作麟祥】
[1846~1897]法学者。江戸の生まれ。阮甫(げんぽ)。フランスに留学。帰国後、明治政府のもとで法律の起草制定に尽力し、司法次官・行政裁判所長官などを歴任

出典:小学館
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デジタル版 日本人名大辞典+Plus

箕作麟祥 みつくり-りんしょう
1846-1897 明治時代の法学者。
弘化(こうか)3年7月29日生まれ。箕作省吾の子。幕臣となり,慶応3年パリ万国博に派遣された徳川昭武に随行。帰国後新政府に出仕し,ナポレオン法典の翻訳,民法・商法の編成にあたる。司法次官,行政裁判所長官などを歴任。貴族院議員。明治30年11月29日死去。52歳。江戸出身。名は「あきよし」ともよむ。

出典:講談社
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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

箕作麟祥 みつくり-あきよし

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世界大百科事典 第2版

みつくりりんしょう【箕作麟祥】
1846‐97(弘化3‐明治30)
明治期の法律学者,法学博士。江戸の津山藩邸に生まれる。蘭学の大家箕作阮甫の孫で,父は省吾。蕃書調所英学教授手伝並出役,外国奉行支配翻訳御用頭取を経て,1867年(慶応3)パリ万国博覧会に際し徳川昭武に随行して,フランスに留学する。明治維新後69年(明治2)家塾を開く。門下生呉文聡,大井憲太郎,中江兆民らがいる。70年翻訳御用掛に制度取調兼勤となり,以後その後半生をフランス民法典をはじめ西洋法律書の翻訳に従い,ボアソナードらとともに旧民法その他の起草に参画するなど,明治政府の法典編纂事業を根底から支えつづけた。

出典:株式会社平凡社
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日本大百科全書(ニッポニカ)

箕作麟祥
みつくりりんしょう
(1846―1897)

幕末・明治初期の洋学者、法学者。弘化(こうか)3年7月29日江戸に生まれる。父省吾(1821―1846)は津山藩士、蘭医(らんい)箕作阮甫(げんぽ)の弟子で、その三女をめとって嗣子(しし)となった地理学者。麟祥は若くより漢学、蘭学、英学を学び、蕃書調所(ばんしょしらべしょ)に出仕し、洋学教授手伝や通訳などを務めた。1867年(慶応3)フランスに留学、翌年帰国後は明治新政府に仕え、司法卿(しほうきょう)江藤新平(えとうしんぺい)のもとで、フランス諸法典の翻訳、紹介にあたった。1873年(明治6)ボアソナード来日後は、彼と協力して旧民法などの法典編纂(へんさん)に従事、「動産」「不動産」などの訳語も考案した。『明六雑誌(めいろくざっし)』に「リボルチーの説」などを寄稿して、啓蒙(けいもう)活動を行った。司法大丞(だいじょう)、太政官(だじょうかん)大書記官、元老院議官、司法次官、行政裁判所長官などを歴任、また1890年からは貴族院議員に勅選された。大井憲太郎、中江兆民などは彼にフランス語を学んだ。訳書に『佛蘭西法律書(フランスほうりつしょ)』(1870~1874)、『泰西勧善訓蒙』(1871)などがある。明治30年11月29日死去。

[長尾龍一]

『大槻文彦著『箕作麟祥君伝』(1907・丸善)』

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精選版 日本国語大辞典

みつくり‐あきよし【箕作麟祥】
法学者。岡山県出身。阮甫の孫。幕府の外国奉行翻訳御用になり、徳川昭武に従い渡仏。フランス民法典などの翻訳や、法典編纂に従事。訳書「仏蘭西法律書」等。弘化三~明治三〇年(一八四六‐九七

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旺文社日本史事典 三訂版

箕作麟祥
みつくりりんしょう
1846〜97
明治時代の法学者
美作 (みまさか) (岡山県)津山藩出身。江戸の藩邸に生まれる。祖父阮甫 (げんぽ) に蘭学を学び蕃書調所・開成所に勤務。フランス留学を経て明治政府に出仕し,司法制度の確立・法典編纂に尽力した。また明六社の有力メンバーで,和仏法律学校(現法政大学)長もつとめた。

出典:旺文社日本史事典 三訂版
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